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本棚の前のソファに座り、インタビューに答えるセーターを着た白人の研究者

国境も研究分野も越えて、自分らしく研究する ローリー・サーバス Rory Cerbus

2024年4月15日

アメリカの大学で物理学を学び、沖縄、フランス、神戸と住む場所を移り変わりながら研究を続けているローリー・サーバスさん。サーバスさんのデスクの上には、『鳥の骨格標本図鑑』が置かれているが、彼の研究者プロフィールには「流体力学」や「粉体力学」の論文が並んでいる。いったいどのような選択を行ってきて、今ここにいるのだろうか。サーバスさんの研究者人生を詳しく聞いた。

プロフィール
ローリー・サーバス Rory Cerbus
(理研BDR 生体非平衡物理学理研白眉研究チーム発生エピジェネティクス研究チーム 共同研究員)
米国インディアナ州出身。バデュー大学で物理学を勉強し、ピッツバーグ大学で博士号取得。博士研究員として、2014年から沖縄科学技術大学で流体力学を、2019年からフランスのボルドー大学で粉体力学を研究し、2022年から現職。現在はエピジェネティクスと比較解剖学を研究している。

インタビューに答える研究者の横顔のアップ

したいこととできることが交わる場所で研究する

サーバスさんが日本語を勉強しはじめたのは大学生のときだ。友人たちが第二外国語としてスペイン語やフランス語を選択する中、日本語を選んだ。「ちょっとへそ曲がりな性格なのかもしれません」とサーバスさんは笑う。

日本語を勉強したからには、日本に行ってみたい。大学卒業後、神戸の知り合いの家で1年間ホームステイをして日本生活を楽しんだ。それから、アメリカに戻り、ピッツバーグ大学の大学院に進学し流体力学の研究をした。

なぜ流体力学を選んだのかと尋ねると、サーバスさんは少し照れくさそうに話してくれた。

「大学生のとき、私はインディアナ州で学んでいましたが、恋人はペンシルバニア州に住んでいました。夏休みに彼女の近くでインターンシップをしたいと思って受け入れ先を探したら、私が応募できるテーマが流体力学しかなかったのです。学問とは関係ない理由で流体力学を始めましたが、研究をしていくうちに流体の運動が作り出すパターンの美しさに惹かれて、好きになりました」

その恋人とは、サーバスさんの大学院進学の年に結婚した。サーバスさんの研究指導者が沖縄科学技術大学院大学(OIST)に移ったときは、ふたりで沖縄に移り住んだ。そして沖縄で長男と次男が誕生した。日本で研究をすることや、出産や子育てをすることに、不安はなかったのだろうか。

「OISTは日本人以外の研究者も多いため、仕事中は日本語を話す機会はほとんどありません。ラボでは特に不自由を感じませんでした。また、日本は衛生状態も良く医療も充実しているので、出産や子育てに関しても安心していました。日米の習慣の違いはありましたが、お医者さんも文化の違いをふまえてアドバイスをくれました。周りの人たちにも良く助けてもらいました」

クリスチャンとして教会に通ううちに、地元の人たちとも交流が生まれた。また、家から5分も歩けばビーチがある環境で、沖縄の海や森も楽しんだ。6年間の沖縄暮らしを経て、研究者として次のステップに進むために、サーバスさんは新たな所属先を探すことになる。

白いソファーに腰掛けタブレットを操作する研究者

「大学院生のときに共同研究をしたこともある知り合いの研究者がフランスのボルドー大学で研究室を主宰していました。以前からその研究者の研究方法が素晴らしいと思っていたので、連絡をとったところ、受け入れてもらえるということになりました。妻はフランス行きに大賛成。息子二人はまだ小さかったですが、フランスに行けば美味しいチーズと本場のサッカーがあるよと言うと、すぐに引っ越しに賛成してくれました」

フランスでは流体力学ではなく粉体力学の研究を行った。地すべりを起こす土砂が研究対象だ。サーバスさん一家がフランス南西部のボルドーに移ったのは2019年だ。最初の頃はフランスのおいしい料理や美しい街並みを楽しんでいたが、2020年3月には新型コロナウイルス感染症の流行拡大を防ぐためのロックダウンが実施された。サーバスさんはコロナ禍の中研究を進めた。2021年には長女も誕生した。3年間の博士研究員生活の終わりが近づき、サーバスさんは、さらに視野を広げて研究者としての経験を積むために、次の所属先を探し始めた。

「研究分野を絞り込むことなく、可能性を広く考えて探しました。これまでと同じ流体力学か粉体力学を続けていくことにもやりがいを感じますし、新しい分野に取り組んでも楽しめるだろうと思いました」

その中で候補に挙がったのは日本だった。日本のオファーが一番確実だったことに加えて、ホームステイしたとき以来、神戸の教会との繋がりが保たれていることも理由になった。それに、アメリカではなく、クリスチャンの少ない日本で自分が役に立てることもあるかもしれない、とサーバスさんは考えた。

「神戸に理研があることは知っていましたが、生物系の研究所なので、物理系の私は就職が難しいだろうと思っていました。しかし、知り合いの京都大学の物理の助教に相談すると、理研の川口先生を紹介してくれました」

物理学の手法で生命の謎にアプローチしている川口喬吾さんは、ちょうどデータ解析ができる物理系の研究員を探していたため、タイミングよく、サーバスさんはチームに合流することができた。沖縄ではパイプの中を流れる水の力学について研究し、フランスでは土砂崩れなどにおける砂の流れを研究してきたサーバスさんにとって、生物の勉強は高校の授業以来だったが、新しい分野に飛び込むことに迷いはなかった。生物が研究対象として面白そうだと感じたからだ。

「流体力学の研究ももちろん面白かったのですが、生命の仕組みや生物の進化に関わる内容を研究することも、非常に興味深いです。新たに勉強しなくてはならないことが多くて大変ですが楽しく取り組んでいます」

顕微鏡を操作する女性研究者とディスカッションする男性研究者
ラボメンバーが行っている実験についてディスカッション。川口研究室のソマイエ・ゼラアティ (Somayeh Zeraati)さんと。

自然の作り出すパターンに魅了されて

2022年からサーバスさんは理研BDRの研究員となり、家族で神戸へ引っ越してきた。現在は、川口研と発生エピジェネティクスを研究している平谷伊智朗さんの研究室の共同研究員として、ゲノムの折りたたみ方のパターンを明らかにするプロジェクトを進めている。さらに、鳥の脊椎の発生パターンの解析も川口研のプロジェクトの一環として進めている。脊椎の発生に関係が深い遺伝子の働きに迫るために、形態と遺伝子との関連を調べて解析をする研究だ。

沖縄で研究していた流体力学、フランスで研究していた粉体力学、そしてゲノムの折りたたまれ方や発生における脊椎形成。これらの研究テーマは一見バラバラに見えて、実は共通点がある。それは、自然の作り出したパターンを解明しようとしている点だ。

「水や土砂の流れにしても、ゲノムの折りたたまれ方にしても、パターンがあります。私は自然の作り出すパターンに興味があります。なぜこのようなパターンが存在しているのか、どういう条件で成立するのかを知りたいのです。特に生物の場合は、パターンは機能と関係してくるので、解明していくのが楽しみです」

ゲノムの折りたたまれ方についての研究は、実験がメインの平谷研と解析がメインの川口研の共同研究だ。ゲノムの折りたたまれ方は、細胞の種類や生物種によって異なっているが、どのようにして折りたたまれ方が決まるのかは明らかにされていない。サーバスさんは平谷研で行われる実験やいくつかのデータベースから取得したデータを、複数種類の細胞や生物種で網羅的に解析していくことで、折りたたまれ方に関連する因子を探求していく役割を担っている。ゲノムの折りたたまれ方は遺伝子発現の仕方に強く影響している。その仕組みがわかれば、細胞がいろいろな役割を担って分化していく様子や、生命活動を制御する仕組みに迫ることができるかもしれない。

もうひとつのプロジェクトである鳥の脊椎の発生パターンについても、サーバスさんは数理的な手法で解析していく。ひとつの種だけでなく、複数の種のデータを横断的に解析することで、パターンや違いを見つけ出す。そのためにはさまざまな鳥の骨格の正確なデータが必要だ。文献や図鑑で調べることはもちろん、千葉県にある「我孫子市鳥の博物館」に行って鳥の骨格標本を数十体見せてもらい、自分で骨の数を数えたとサーバスさんは話す。

「ほ乳類の脊椎のうち頚椎の数は一部の例外を除いて7つと決まっていますが、鳥はそうではありません。種類によって幅広く変動しているのです。なぜほ乳類では7つに決まっていて、鳥では決まっていないのか。鳥の頚椎の数はどうやって決まっているのか。1つの動物だけではなく、複数の動物を調べていくことで何か見えてくるものがあるのではないかと考えて解析をしています。すでに興味深い発見があったので、今論文を書き上げたところです」

コンピュータの画面を見ながら研究をつづける研究者

何を優先したいかでワークライフバランスが決まる

サーバスさんは研究とプライベートの時間のバランスをどのようにとっているのだろうか。 「理想のワークライフバランスは何だろうかといろいろ考えてみたこともありました。でも、そういうものを自分の中で決めてしまうと、そのことに縛られてしまう気がします」 サーバスさんはゆっくりと足場を確かめるように言葉の続きを紡いでいく。

「理想のバランスというより、自分が何を優先したいかが大事なのかもしれません。そうすれば時間やリソースの配分をどうしたらよいかも自ずと決まってきます。私の場合は、一番の優先事項は家族です。家族との時間を大切にできるようなバランスで働いています」

土日はなるべく研究を休む。平日は朝ごはんと晩ご飯を家族みんなで食べる。晩御飯を一緒に食べるためには仕事を早めに切り上げて帰宅しなくてはならないが、その代わり、子どもたちが寝た後に家で仕事をする。また、1週間のうち1日はできるだけ自宅でテレワークをする。研究者だからこそできる、家族も仕事も大事にした柔軟な働き方だ。

休日の過ごし方を聞くと、パン作りという意外な答えが返ってきた。フランスに住んでいたときに始めたのだそうだ。フランスに引っ越して最初の数ヶ月はベーカリーでおいしいパンを食べていたのに、ロックダウンで食べられなくなった。それで自分で作り始めた。よく作るのはバゲットとベーグルだ。天然酵母を使用してオーブンで焼き上げる、本格的なパンである。

「以前は毎朝早起きして焼いていましたが、さすがにそれはやりすぎだと妻に言われてしまいました。今は週末にまとめて焼いて冷凍しています」

パンがなければ自分で作ればいいというサーバスさんの発想と行動力は、しなやかでたくましい。その姿勢はサーバスさんの研究スタイルやライフスタイルにも通じている。

カジュアルな出立で立って手振りを交え話す研究者

「自分らしく研究していきたい」と話すサーバスさんに、どういうところが自分らしいと思うかと尋ねてみる。答えにくい質問にもかかわらず、サーバスさんの回答は明快でシンプルだった。

「楽しみながら仕事をしていくことですね。仕事が楽しくない場合は、その仕事のやり方が間違っていると考えて、他の方法を探します。解決したい問題に集中し、方法にこだわらないことも私らしさのひとつです。ある方法が役に立てば使うし、役に立たなければ捨てて、また別の方法を使います」

仕事とプライベートの両方を見渡して優先したいことを明確にし、それ以外はこだわりを捨てて楽しむ開かれたマインド。サーバスさんのしなやかな研究者人生の本質に少し迫れた気がした。

文:寒竹泉美(小説家・理系ライター)

取材日:2024年1月18日

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