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微笑む研究チームリーダー

タンパク質の動きに魅了され、
こだわり続けた研究スタイル清末 優子 MIMORI-KIYOSUE Yuko

2022年10月21日

「写真や映像では公開できないけれど」と断った上で、清末優子さんは日本にはここにしかない最新の顕微鏡システム『格子光シート顕微鏡』を見せてくれた。顕微鏡とそれを乗せた台は暗幕に包まれ、小さな劇場のようだった。暗幕の中から驚くほど複雑そうなメカが現れる。清末さんはこれを何年もかけて準備し、組み上げ調整し実験できるところまで仕上げてきた。「これを使って解き明かしたいことが山ほどある」と語る清末さんは、いとおしそうに顕微鏡を眺めていた。

プロフィール
栃木県生まれ。お茶の水大学理学部生物学科卒業後、同大学院生物学科修士課程に進学、博士後期課程は大阪大学基礎工学部物理系生物工学科で博士(理学)取得後、松下電器産業株式会社国際研究所研究員、ERATO月田細胞軸プロジェクト研究員、株式会社カン研究所細胞骨格・細胞運動研究グループのグループリーダーを経て、2009年に理化学研究所ユニットリーダーに着任。2019年からBDR分子細胞動態研究チーム チームリーダー。

笑顔でインタビューに答える研究チームリーダー

清末優子さんは華やかな人だ。身に着けているものはシンプルなのに、現れた途端に、空気が塗り替わり、あたりがぱっと明るくなる。話すときもさっぱりとした口調で、声をあげてよく笑う。そんな清末さんが開口一番に言ったことは、「わたしの経験はあまり参考にならないかも」だった。事前に清末さんに送った質問リストの中には、ワークライフバランスについて問うものがあった。女性は結婚や出産によってワークライフバランスのかじ取りが難しくなることがあるからだ。

「ワークとライフのバランスをあまり考えずに自分がしたい研究を続けてきたので、一般的な意味ではバランスはよくないかもしれません」そう聞くと研究一筋で走り続けてきたように感じるが、本人は「初めて見る世界が面白くて楽しく続けてきただけ」と笑う。

「思い返してみると全てが必然。最初に経験したことのインパクトが強くて、必然が続いてここまで来ました」

窓際で笑う研究チームリーダー

動くタンパク質との出会い

清末さんが研究への興味を持ったのは学部生のときだった。
生物が好きで生物学科に入学したが、研究室を選ぶときに気になったのは、生態学や動物の個体の研究ではなく、細胞の運動や形作りをつかさどっている微小管やダイニンというタンパク質だった。

「わたしが選択した研究室には、1本の微小管を見ることができる顕微鏡がありました。微小管の動き方を見ることで、力を出すダイニンというモータータンパク質(※1)の働きを調べることができるのです。細胞をダイナミックに動かすタンパク質を調べることができるのは面白いと思いました」

※1 モータータンパク質…細胞の運動を発生させるタンパク質。アクチンと呼ばれる繊維や電車のレールのような微小管の上を移動する。

当時、分子1つ1つを見るほどの性能の光学顕微鏡は研究室にまだ存在しなかった。どうしても分子の姿を見たかった清末さんは、光学顕微鏡と電子顕微鏡のデータを組み合わせ、微小管を動かすモータータンパク質の姿を捉えようとした。その後、動くタンパク質の仕組みをさらに詳細に調べたくなった。博士後期課程は大阪大学や松下電器産業の研究室で構造生物学を学んだ。

研究チームリーダーの横顔

「この研究で、細菌が移動する仕組みの一部を解き明かすことができました。ただ、電子顕微鏡を使った研究では、タンパク質の構造を詳細に知ることはできても、生きている細胞や、タンパク質が動いている様子を見ることはできません。生きている細胞の中でどう動いているのかを知りたくなり、1997年に微小管と細胞の両方を扱う『ERATO月田細胞軸プロジェクト』に加わりました。運のいいことに、ちょうどその頃、タイミングよく、生命科学研究の強力なツールである『GFP技術』が実用化されてきたのです」

GFPはGreen Fluorescent Protein(緑色蛍光タンパク質)の略だ。遺伝子工学を利用して、見たいタンパク質に、GFPをタグのようにつけると、細胞の中で目的のタンパク質だけを光らせることができる。現在では当たり前のように使われている技術だが、当時は分子にGFPをつけると動きや機能が変わるのではないかと懸念されていた。だが、微小管が動くところを見たかった清末さんは、遺伝子工学を覚え、自分で試してみることにした。

「複数枚の写真を自動撮影できる当時最新鋭のライブイメージング顕微鏡で撮ったタイムラプス写真を連続でつなぎ合わせて動画を作成しました。動画を再生してみると、これまで静止状態でしか見ることができなかった細胞や分子が動いていました。生きている細胞の中での微小管が伸び縮みし、それが細胞の活動によって変化する様子が見えたので、『動いてるよ!静止画では分からなかったことがいろいろ分かる!』と興奮しました」

この手法で、微小管だけでなく、微小管に結合するタンパク質の性質も明らかになった。中でも清末さんが注目したのは、微小管の先端に集まる、EB1やAPCと呼ばれるタンパク質だ。これらが微小管の向きや進路を決める働きをしていることが明らかになった。

EB1-GFPのタイムラプス動画
(マウス 初代培養 線維芽細胞)

細胞の三次元像を撮れる顕微鏡を求めて

生きている細胞で動くタンパク質を見ることができた清末さん。だが、その探求心は留まることを知らなかった。さらに性能の良い新しい顕微鏡がほしくなったのだ。

「わたしが求めたのは細胞を三次元の立体として見ることができる顕微鏡でした。細胞は立体ですから、平面の像では本当の姿は見えません。三次元像を撮るためには複数の平面画像を撮り、それを積み重ねて解析する必要があります。動いている微小管やその上を運ばれる分子を追うためには撮影速度が重要です。また、感度や分解能も必要です。ですが、そんな高性能な顕微鏡は、当時はどこにも存在していませんでした」

清末さんの探求は、株式会社カン研究所細胞骨格・細胞運動研究グループのグループリーダーを経て、2009年に理研のユニットリーダーに着任してからも続いた。

転機が訪れたのは、のちに超解像顕微鏡の功績でノーベル化学賞を受賞することになる米国のBetzig博士が日本の学会に呼ばれて講演したときだった。講演を聴講していた清末さんは、Betzig博士の講演スライドに登場した映像を見て驚いた。Betzig博士は、清末さんが1999年頃に撮ったGFPを融合したEB1の映像を見せながら「細胞はこんなにもダイナミックだから三次元で撮らないといけない」と話していたのだ。

「講演後、Betzig博士に、わたしがあのムービーを撮ったんですよとコンタクトを取りました。やりとりするうちに、Betzig博士もわたしも、微小管のダイナミクスを三次元で撮りたいという思いが一致していることがわかったので、共同研究をすることになりました。Betzig博士は細胞を扱うのがそれほど得意ではなかったので、わたしが細胞を提供し、後にBetzig博士からは顕微鏡の作り方を提供してもらいました 。」

顕微鏡をのぞく研究チームリーダー

数年がかりで立ち上げた最新の顕微鏡システム

改良が重ねられ、ついに、微小管の動きを三次元で追える「格子光シート顕微鏡」(※2)が完成した。Betzig博士との共同研究は多くの研究者の撮影事例と合わせて論文にまとめられ、2014年に科学誌『Science』で発表された。

※2 格子光シート顕微鏡…細いビームを格子状に配列して作り出した非常に薄いシート状の光で、1秒間に200枚もの精密な断面像を撮影し高精度な三次元画映像を撮影できる顕微鏡

しかし、清末さんの挑戦はここからだった。自分の研究室で顕微鏡を組み立てないことには、何も実験ができないからだ。 「何しろ世界で初めての技術ですから、既製品のパーツを買ってきて並べるわけにはいきません。部品も金属から切り出して作るオーダーメイドでした。特殊なビームを作る必要があって、精密な組み立てと調整を行わないと性能を発揮できなかったのです」

最初は、Betzig博士から提供された図面を開くために、ソフトを購入するところから始まった。いきなり百万円を超える金額が出ていった。完成にこぎ着けるだろうかと清末さんは不安になったが、ようやく求めていた顕微鏡にたどり着いたのにやめるわけにはいかなかった。3年近い月日がかかったが、ついに理研の研究室に顕微鏡を立ち上げることができた。

立ち上げた顕微鏡のそばで微笑みながら立つ研究員

できないことを見つけると嬉しい

研究を始めたときには解決できなかった問題を、清末さんは10年、20年越しに解き明かすことができたと話す。調べる方法や技術がなくてもあきらめず、何年も思い続けて、自分で道を切り拓いていったからこそ、成し遂げられたのだろう。それ以前にも、最新鋭の装置を使ってまだ誰も見たことのないデータを得るという醍醐味を味わう経験に多く恵まれてきたという。

「ないものを作るのは楽しいですね。できないことに突き当たったら、嬉しくなります。もちろん、研究が止まってしまうので大変なのですが、確かめる方法がないということは、他の人がまだやっていないことを見つけたということです。できないことをできるようにしたときに、新しい発見が現れます。そう考えるとワクワクしませんか?」

「わたしはたまたま解き明かしたい課題があって、それをずっと追いかけてきた結果、こういう生き方になりました。これがほかの人におすすめできる人生なのかどうかはわかりませんが、どのような研究者人生を送るかは、本人の性質によると思います。研究者という仕事は時間も体力も必要で、ある意味、アスリートに似ています。強いモチベーションがないと、誰でも気楽に続けられるものではないかもしれません。でも、目的を達成したときの喜びはひとしおで、やりがいのある仕事だと思います」

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格子光シート顕微鏡で捉えた生きている細胞の膜の動き

理研BDRには、動物飼育施設や、遺伝子解析施設、大型の研究機器など、研究を進めるのに必要なインフラが整っている。清末さんはそこでも役割を果たしてきた。 「誰が来てもすぐ研究ができるこのような環境は、日本にはなかなかないと思います。わたしも光学イメージング施設の整備を担当しましたが、海外のトップ研究所と同じような整備された施設で誰もがそのメリットを享受できるということを目標に進めました」

現在、清末さんはヒトや動物の個体レベルで、分子がどういう働きをしているのかが気になっている。

「細胞や分子の基本的な機能を知るだけでは生物の総体としての働きはわかりません。その働きが個体にとってどれだけ重要なのか、また健康や病気にどうかかわっているのか、あるいは逆に、健康や病気がどのような分子メカニズムによるのかを明らかにしたくて研究を進めています。知りたいことはいくらでもあって、果てしないですね。でも、果てしない興味があるからこそ、いつまでも研究を続けられるのかもしれません」

清末優子研究チームリーダー

聞き手/文:小説家・理系ライター 寒竹泉美

取材日:2022年2月15日

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