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筋肉の隊列と軟骨の出現が気管を長く太くする

2018年8月6日

ヒトの体は血管や腸、気管など多くの“管”でできている。これらの管の形は厳密に制御されていて、何らかの理由で変形すると正常な機能が果たせなくなる。今回の研究対象である気管は、喉の下部と肺を結んでいる空気の通り道で、ヒトでは内腔が概ね長さが13cm、直径が2cmもある管である。呼吸の効率はこの気管の形に依存しているため、生まれつき気管が細いと呼吸困難を伴う気道狭窄症などに繋がる。しかし気管の形を制御している仕組みはわかっていなかった。

理研BDRの岸本圭史研究員(呼吸器形成研究チーム、森本充チームリーダー)らはマウス胎児の観察から、気管の発生はまず初めに長さが伸び、次に径が拡大することを発見した。さらに、気管の伸長には平滑筋前駆細胞の細胞極性が同調することが重要であり、径の拡大には決まったタイミングでの気管軟骨の形成開始が必要なことを明らかにした。本成果は科学誌Nature Communicationsに2018年7月19日付で掲載された。

図1 (左)気管の発生は伸長と拡大の2段階で進む。Wnt5aがなくなると気管が伸びない。(右)気管平滑筋には放射状細胞極性があり、気管が短いWnt5a欠損マウスでは極性がなくなる。

動画1 気管平滑筋(緑)が上皮細胞(赤)に向かって移動する様子。野生型の平滑筋細胞は上皮細胞に寄り添うように移動するが、Wnt5aを欠損させると上皮細胞を通り過ぎてしまう。

今まで、哺乳動物における気管の形成メカニズムはほとんど研究されていなかった。そこでまず、岸本らはマウス胎児の気管の発生過程について、詳細に解析した。その結果、胎生10.5日から14.5日までは気管は伸長するが径が変わらず、14.5日目以降に径が拡大することを発見した。また、14.5日目までは気管の内腔を覆う上皮細胞が活発に増殖するが、14.5日目以降では細胞はほとんど増殖せず、大きさや配列を変えながら気管の内腔面を拡大させていることがわかった。

気管の伸長や直径の拡大、内腔面の拡大はどのように調節されているのだろうか。まず、胎生10.5日から14.5日にかけて気管が伸長するメカニズムを明らかにするために、気管の長さに異常をもつ遺伝子変異マウスを探した。その結果、Wnt5a欠損マウスおよびWnt5aの受容体であるRor2欠損マウスでは気管が通常の半分程度の長さになることを見出した。Wnt5aの発現パターンを調べたところ、胎生10.5日から11.5日にかけて気管上皮細胞を取り囲む間充織で発現していることがわかった。また、Ror2も間充織、特に気管平滑筋細胞に発現していた。そこで間充織特異的にWnt5aやRor2を欠損させると、気管が短縮した。以上のことから、気管平滑筋細胞におけるWnt5a-Ror2シグナル経路が、気管の伸長に重要な役割を担っていることがわかった。

気管の伸長過程でWnt5a-Ror2シグナル経路はどのような働きをしているのだろうか。Wnt5a欠損マウスでは、気管内腔の上皮細胞の増殖や平滑筋細胞の増殖・分化に異常は認められなかったが、平滑筋細胞の配列が変化し、平滑筋組織が平坦で厚くなっていた。野生型マウスの平滑筋は気管を取り囲むように整列するため、岸本らは気管平滑筋細胞が極性を持っているのではないかと考えた。しかし、上皮細胞の極性についてはよく研究されているものの、平滑筋のような間充織の細胞に極性があるのかについてはよくわかっていなかった。そこで、細胞内のゴルジ体の位置を手がかりとして、気管平滑筋前駆細胞の極性を解析した。その結果、気管平滑筋の分化が始まる胎生11.5日から12.5日にかけて、気管平滑筋前駆細胞は気管内腔の上皮組織に向かう同調した細胞極性を示した。このような上皮直下で同調した間充織細胞の極性は報告されたことがなかったため、岸本らはこれを「放射状細胞極性」と名付けた。Wnt5aやRor2の欠損マウスの気管平滑筋細胞では放射状細胞極性が認められなかったため、Wnt5a-Ror2シグナル経路は上皮組織に向かう間充織の放射状細胞極性を同調させ、平滑筋前駆細胞を正しく配列させていることがわかった。また、この細胞極性が平滑筋前駆細胞を上皮組織直下まで移動させたり、前駆細胞同士が円周方向に連絡したりするために必要であることを突き止めた。更に、気管よりも長い臓器である食道の間充織細胞にも放射状細胞極性があり、Wnt5aやRor2の欠損マウスでは食道も短くなった。すなわち、Wnt5a-Ror2シグナル経路を介した放射状細胞極性の同調が、直管型の臓器の長さを決める共通原理である可能性が示された。

図2 軟骨は気管の径を拡大し、気管内腔の上皮を再編成する。軟骨を欠損するマウスでは上皮の再編成は起こらない。

動画2 気管内腔の上皮の再編成の3Dモデル。

次に、気管の直径が拡大するメカニズムについて解析した。これまでに気管軟骨の異常によってヒトの気管が細くなることが知られていたため、軟骨細胞の分化に必要なSox9を間充織特異的に欠損させたところ、予想した通り気管の直径は著しく細くなった。Sox9欠損マウスでは気管内腔を覆う上皮細胞の細胞表面の拡大が起こらなかったため、気管軟骨の発生に伴って生じる力が、気管の直径の拡大と細胞表面の拡大に重要な役割を果たしていることが示された。

「今まで、臓器を形成するメカニズムとしては上皮組織に焦点を当てた研究が多く、臓器形成時に間充織が果たす役割についてはほとんど理解されていませんでした。しかし、今回の研究から、間充織の細胞の極性や分化が、長くて太い管を持つような臓器の発生に重要な役割を果たしていることがわかりました。」と森本チームリーダーは語る。「気管や食道だけでなく、様々な臓器を形成するときに、間充織が上皮組織に正しい立体としての空間情報を提供している可能性があります。間充織による形態形成の制御メカニズムがわかれば、先天的な狭窄の原因解明や、再生臓器の形成研究をさらに進める力となるかもしれません。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)


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