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上皮組織の連続性を保つしくみ - EGF受容体シグナルの新しい機能 -

2023年5月16日

わたしたちの体は、細胞どうしが密に接着した平面状の上皮組織で覆われている。発生の始めに作られる上皮組織は単純な平面だが、形態形成の過程で、伸びたり縮んだり折れ曲がったりして、臓器や四肢などの複雑なかたちを作り上げていく。上皮組織の変形はさまざまな力の作用で起こるが、どんなに複雑な動きをしても上皮組織はけっして破れたり壊れたりすることはない。上皮組織はどのように連続性を維持しているのだろうか。

理研BDRの吉田 健太郎 研修生(形態形成シグナル研究チーム、林 茂生 チームリーダー)らは、キイロショウジョウバエの初期発生において、ストレスを受けた組織が連続性を維持するしくみとして、EGF受容体シグナルを活性化した細胞がアポトーシスを起こした上皮細胞を基底部側に押し出すことで、上皮組織をすみやかに修復させることを明らかにした。本成果は科学誌Developmentに2023年3月9日付で掲載された。

上皮組織が適切な連続性を維持していることは、正常な発生や組織恒常性の維持に不可欠だ。発生においては上皮組織が伸びたり縮んだり折れ曲がったりするたびに、上皮組織は細胞間接着の組み替え、細胞分裂による細胞数の増加、細胞死による過剰な細胞の除去、さらには折りたたみ運動にともなう機械的な負荷などによるストレスにさらされている。しかし、正常な組織であれば上皮組織が破綻することはない。吉田らは上皮組織の連続性が維持される未解明な仕組みがあると考えて、キイロショウジョウバエの初期胚を用いた研究を行った。

吉田らは、まず形態形成や損傷治癒に関与するERKシグナルに注目した。タンパク質リン酸化酵素ERK(Extracellular signal-Regulated Kinase)は、細胞外リガンドに応答して活性化する細胞膜貫通型受容体からのシグナルを核内まで伝達するシグナル分子で、細胞増殖や細胞分化などにさまざまな機能を果たしている。キイロショウジョウバエの初期胚において、FRETと呼ばれる手法を用いてERKの活性化部位を探すと、上皮組織が折れ曲がる場所で一過的にERKの活性が上昇することがわかった。このERK活性は上皮成長因子(EGF)受容体(EGFR)によって制御されている。そこでEGFR変異体の初期胚をライブイメージングで観察したところ、発生初期には上皮組織は正常に維持されていたが、発生9時間目(ステージ12)以降、頭部から尾部に向かって上皮組織が崩壊し、最終的には大部分の上皮組織が失われてしまった。EGFR変異体において上皮組織が喪失することは過去の研究で知られていたが、特定のタイミングで、特定の場所から上皮組織の崩壊が始まることは新しい発見だった。

EGFR変異体における上皮崩壊の様式を詳しく調べると、アポトーシス(プログラム細胞死)を起こして死んだ細胞が、上皮の表層側に飛び出すことがきっかけになっているとわかった。正常発生ではステージ12以降に頭部でアポトーシスが活性化するが、通常、アポトーシスで死んだ細胞は上皮の基部側に押し出され、体内に存在するマクロファージに貪食される。一方、上皮の表層側にある細胞間接着装置はすみやかに修復される。そこで、EGFR変異体でアポトーシスを阻害する実験を行うと、細胞は排出されず、上皮組織も安定に保たれた。つまり正常組織はEGFRを活性化して死細胞を基底部側に押し出すことで上皮の連続性を保っているのだ。

EGFR変異体をさらに詳しく観察すると、上皮が折れ曲がったり、陥入したりする部位で細胞の排出が頻発することがわかった。これは先の実験で見出したEGFR活性化の場所と一致している。EGFR変異体の陥入の部位では潜り込み運動によって周囲の細胞が引っ張られ、細胞間接着部位が引き延ばされることによって破断するので、そのような場所から細胞が表層側に押し出されるものと考えられた。では陥入していない部位の上皮組織はどのようにして安定を保っているのだろうか? キイロショウジョウバエではビテリン膜と呼ばれる膜が胚全体を包み、上皮細胞の密着をサポートしているが、陥入部位ではビテリン膜と上皮細胞の接触が失われている。そこでビテリン膜を強制的に剥がしてみると、正常胚の上皮はビテリン膜を剥離しても数時間にわたって安定に保たれるのに対して、EGFR変異体ではすみやかに表層側からの細胞脱離が起きて上皮組織が崩壊した。従ってビテリン膜は、上皮組織を安定化させる働きをしていることがわかった。さらにEGFRは胚の上皮組織の創傷をすみやかに治癒させる働きがあることも確認された。

「これまでEGFRは、細胞分化、細胞増殖や細胞の生存因子として働き、癌遺伝子としても作用するなど種を超えた広範囲な役割を持つことが知られていました。今回の研究では上皮の保護という新たな役割が明らかになりました。」と林チームリーダー。「動物胚の上皮組織は形態形成運動やプログラム細胞死、予期せぬ創傷などによるストレスを常に受けています。特に22時間で完了するショウジョウバエの急速な胚発生ではストレスによるダメージを補修する猶予が限られています。進化的に保存されたEGFRはそのようなダメージから上皮組織を保護することで発生過程を安定に進める役割を持つと考えられます。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)

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