網膜で発現するレチノイン酸が脈絡膜の血管形成を制御する
2018年4月17日
眼の中では、さまざまな細胞が多数のシート状の構造を形成している。光を感じる視細胞を中心とする感覚網膜や、栄養供給や⽼廃物の排出を通じて感覚網膜の状態を保つ⾊素上⽪細胞層、そしてこれらの外側を包む血管豊富な組織が脈絡膜である。脈絡膜の血管の異常形成は、加齢⻩斑変性などの疾患につながると考えられている。脈絡膜の血管形成には⾊素上⽪細胞から分泌されるVEGF(Vascular endothelial growth factor; 血管内⽪細胞増殖因子)が重要であると報告されているが、その仕組みはよくわかっていない。
理研BDR の後藤聡研修⽣、⼤⻄暁⼠研究員(網膜再⽣医療研究開発プロジェクト、髙橋政代プロジェクトリーダー)らは、アルデヒド脱水素酵素遺伝子(Aldh1a1)欠損マウスでは脈絡膜の血管形成不全が観察されることを⽰し、そのメカニズムの解析を⾏った。その結果、感覚網膜特異的に発現するアルデヒド脱水素酵素によって合成されるレチノイン酸が、⾊素上⽪細胞におけるSox9 やVEGF の発現を調節していることを明らかにした。本成果は科学誌eLife に2018年4月3日付で掲載された。
これまでの研究で、レチノイン酸合成に関わるアルデヒド脱水素酵素であるAldh1a1 が、網膜周辺で発現することが報告されていた。しかし、Aldh1a1 の詳しい発現部位やAldh1a1 とレチノイン酸の血管新⽣におけるはたらきについては、不明であった。後藤らが詳細に解析したところ、Aldh1a1 は胎児期では背側の網膜前駆細胞、および成体では背側と腹側の一部の感覚網膜で発現していることがわかった。そして、Aldh1a1 欠損マウスの眼の形態を観察すると、脈絡膜の背側で血管形成不全が起きていた(図1)。つまりAldh1a1 は、少なくとも脈絡膜の背側での正常な血管の形成に必須であると言える。網膜で発現するAldh1a1 は、どのようなメカニズムで脈絡膜の血管形成を制御しているのだろうか。
脈絡膜の血管形成には、⾊素上⽪細胞層から分泌されるVEGF が必要であるという報告がある。そこでAldh1a1 欠損マウスの⾊素上⽪細胞層から分泌されるVEGF 量をELISA で測定したところ、野⽣型マウスと比較して有意に少ないことがわかった。また、in situ ハイブリダイゼーションを⽤いて眼球切⽚におけるVEGF のmRNA 発現量を確認すると、Aldh1a1 欠損マウスでは背側の⾊素上⽪細胞で減少していた。
では、Aldh1a1 はどのようにVEGF 発現量を制御するのだろうか。後藤らは、感覚網膜で発現するAldh1a1によって合成されるレチノイン酸が拡散し、⾊素上⽪細胞層でのVEGF 発現量を制御しているのではないかという仮説を⽴てた。この仮説を検証するために、ヒト初代培養⾊素上⽪細胞をレチノイン酸で処理したところ、レチノイン酸の濃度依存的にVEGF の分泌量が増加することがわかった。レチノイン酸は⾷物として摂取するビタミンA の代謝産物である。そこで、マウスにビタミンA を含まない飼料を与えて体内でのレチノイン酸の合成を抑制したところ、背側の脈絡膜で血管形成の不全が起きた。さらに、Aldh1a1を欠損した妊娠マウスにレチノイン酸を経⼝投与すると、仔マウスの脈絡膜の背側における血管形成の不全が回復した。以上の結果から、Aldh1a1 によって合成されたレチノイン酸が、⾊素上⽪細胞層からのVEGF分泌量を制御し、脈絡膜の背側における血管形成に重要な役割を担っていることがわかった。
さらに、⾊素上⽪細胞層からのVEGF 分泌を直接制御する転写因子の解析を⾏った。その結果、Aldh1a1 欠損マウスでは胎⽣期の背側の⾊素上⽪細胞層において、Sox9の発現が有意に低下していた。Sox9 がレチノイン酸による⾊素上⽪細胞層からのVEGF 分泌を制御するかどうか検証すると、Sox9 の過剰発現やノックダウンによって、Sox9 の発現量依存的に⾊素上⽪細胞からのVEGF 分泌が増加したり減少したりした。また、⾊素上⽪細胞層特異的なSox9 欠損マウスを作製したところ、Aldh1a1 欠損マウスと同様の背側の脈絡膜における血管形成の不全が認められた。つまり、マウスの発⽣時の脈絡膜における血管形成は、感覚網膜で発現するAldh1a1 によって合成されるレチノイン酸が、⾊素上⽪細胞層でのSox9 の発現を通じてVEGF の分泌量を調節していることが明らかになった。
「脈絡膜における血管形成は、加齢⻩斑変性の発症にも関係する重要な課題ですが、その分子メカニズムは理解されていませんでした。しかし今回、感覚網膜由来のレチノイン酸が⾊素上⽪細胞層からのVEGF分泌を制御することで脈絡膜における血管形成を制御していることを解明することができました。」と⼤⻄研究員は語る。「加齢⻩斑変性は、iPS 細胞を⽤いた再⽣医療研究が進んでいますが、病態の解明や治療法の開発には、今回のような脈絡膜における血管形成メカニズムの解明が重要です。」
高橋 涼香(BDR・広報グループ)
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