マーカー遺伝子を用いた細菌叢解析法のおよそ50年の歴史を俯瞰~新しい計測技術による変革期の到来~
2024年7月19日
複雑な生態系を理解するためには、そこにどのような生物種がどれくらいいるのかを、できるだけ正確に知る必要がある。眼に見える大きさの生きものならば、直接数えることもできるだろう。一方、大きさが数μmほどの細菌に対しては、「DNA(遺伝子)を数える」という手法が有効だ。理研BDR細胞システム動態予測研究チームの城口克之チームリーダーらがiMetaOmics誌に発表したレビュー論文では、多種多数の細菌が構成する生態系「細菌叢」をDNAで解析する技術開発の歴史を俯瞰し、今後の生命科学研究に与えるインパクトを論じる。
ある生物(細胞)の状態や種類を特定する情報を持つ遺伝子をマーカーと呼ぶ。細菌叢の解析では主に、16SリボソームRNAの遺伝子がマーカー遺伝子として用いられてきた。この領域のDNA配列は種間で多様性があり、細菌叢にどのような細菌が存在しているかを知る大きな手掛かりとなるからだ。このアプローチの有効性が1977年に発表されて以来、解析法にさまざまな改良が重ねられてきた。現在では、私たちの健康に大きく関わっているとされる腸内の細菌叢解析などに必須のツールとなっている。
城口克之チームリーダーらは2022年、新たな細菌叢計測法「BarBIQ(Barcoding Bacteria for Identification and Quantification)法」を開発した注1、2)。これは従来法と同様に16SリボソームRNAを用いるが、より正確に細菌を区別することができ、それらの細胞数までも正確に計測できる。BarBIQ法を使えば、例えば食生活の変化に伴う腸内細菌叢の微小な変化を、正確にとらえることも可能だ。
細菌叢研究はこれからどのように展開していくのだろうか。城口チームリーダーは、「現状ではまだ、ごく近縁な細菌種を区別できていない可能性があり、さらなる工夫が必要です」と、課題を指摘する。しかし現時点でも、今使える技術を駆使して定量的・定性的なデータを取得することにはやはり大きな意味がある。「BarBIQ法により、たくさんの種類の細菌の正確な細胞数や存在比を知ることが出来るようになりました。この情報に、それぞれの細菌種の全ゲノム解析から推定される遺伝子や代謝能などの機能情報を組み合わせれば、細菌叢全体の振る舞いをより深く理解できると思います。さらに、例えば細菌が分泌している分子の量など、細胞数を基準に計測された他のデータと統合して数理的に解析することで、介入などによる細菌叢の変化を正確に予測できるようになるかもしれません。」
生命科学は、解析技術の進歩と生命現象の理解を両輪として発展してきた。本レビューも、「細菌叢研究において、新しい計測技術による変革期の到来が近づいている」と結ばれている。なお論文はオープンアクセスとなっており、16S リボソームRNAを用いた細菌叢解析の概要を知り、自分でも試してみたい方はぜひご一読いただきたい。
山岸敦(BDR・広報グループ)
掲載された総説論文(オープンアクセス)
Jin, J., Liu, X. and Shiroguchi, K. (2024), Long journey of 16S rRNA-amplicon sequencing toward cell-based functional bacterial microbiota characterization. iMetaOmics e9. https://doi.org/10.1002/imo2.9
注1) 2022年2月22日「細菌一つを見分ける細菌叢計測法の開発」
注2) 2023年11月28日「細胞単位で計測できる新しい細菌叢解析法のプロトコルを公開」