遺伝子改変技術をソメワケササクレヤモリでも利用可能に- 爬虫類と哺乳類との比較研究を加速 -
2023年12月20日
近年、脊椎動物の進化や生物多様性の研究における哺乳類の比較対象として、これまでの鳥類に加え、爬虫類に注目が集まっている。しかし、爬虫類は鳥類と比べると実験動物としての歴史が浅く、また、爬虫類の生殖システムが非常にユニークなため、遺伝子改変技術の確立が極めて困難だった。遺伝子機能解析が研究において欠かせないツールになっている中、爬虫類で利用できる遺伝子改変技術の開発が待ち望まれていた。
理研BDRの阿部高也 技師(生体モデル開発チーム、清成 寛チームリーダー)らは、ソメワケササクレヤモリの未成熟の未受精卵に対してCRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術を用いて遺伝子を改変することに成功した。本成果は科学誌Developmental Biologyに2023年3月9日付で掲載された。
脊椎動物の中で、胎児が羊膜という膜に包まれて発生する仲間を羊膜類といい、哺乳類と鳥類と爬虫類が含まれる。生物学における比較研究において、哺乳類の比較対象としてよく使われてきたのは、ニワトリやウズラなどの鳥類だ。だが鳥類は、恐竜から派生した爬虫類の1グループであり、翼やくちばし、羽毛を持つなど形態的にも、様々なホルモンの遺伝子に変異があるなど遺伝子的にも、極めて特殊な進化をしたと考えられている。そのため哺乳類との関係を研究する上では、鳥類だけではなく爬虫類そのものを対象に加えるべきではないかと考えられてきた。そこで、清成チームリーダーらは、研究に利用できる爬虫類として東北大学の田村宏治先生より供与されたソメワケササクレヤモリの繁殖を15世代以上継続し、10年ほど前からモデル動物として確立してきた。
しかし、爬虫類で遺伝子改変技術を利用することは、非常に難しい。これまでゲノム編集技術による遺伝子改変が成功している生物の多くは、受精直後の受精卵に遺伝子改変に必要な溶液(遺伝子を切断するタンパク質であるCas9などを含むゲノム編集試薬)を顕微鏡下で注入しているが、爬虫類は未受精卵が卵管を移動していくときに、卵管内に蓄積された精子によって受精が起こるため、受精のタイミングを特定することが困難だからだ。だが、同じ爬虫類のモデル動物として知られるアノールトカゲを用いて、成熟前の未受精卵にゲノム編集試薬を注入することで遺伝子改変に成功したという報告が2019年にあった。阿部らはこのアノールトカゲの手法を参考に、ソメワケササクレヤモリでの遺伝子改変に挑戦した。
今回の研究においては、ゲノム編集の効率を判定するためによく利用される、Tyrosinase (Tyr)遺伝子を標的とした。ゲノム編集でTyr遺伝子を完全に破壊した個体は、皮ふや目の色素が作られず、アルビノとなる。ソメワケササクレヤモリの卵巣にある未受精卵の中で、大きすぎず小さすぎない適切なサイズの受精卵にゲノム編集試薬を注入し、その後産卵・孵化させるとアルビノ個体が生まれ、遺伝子改変が達成されていることがわかった。
しかも、未受精卵の段階でゲノム編集試薬を導入しているにも関わらず、注入から40日後に産卵された卵から孵った仔ヤモリでも、母由来のゲノムだけではなく父由来のゲノムでも遺伝子改変が起こっており、1回のゲノム編集試薬の導入で両親由来の2つのTyr遺伝子を完全に破壊することができていた。つまり注入されたCas9タンパク質は少なくとも30日程度は遺伝子を切断する活性を維持しているのだろうと考えられる。
「トカゲに続いて、ヤモリでも遺伝子改変技術を利用できるようになりました。」と清成チームリーダー。「この技術により、爬虫類と哺乳類との比較研究がさらに加速すると思います。そこから得られた知見を通して進化の過程が今よりも詳細に見えてくることを期待しています。」
高橋 涼香(BDR・広報グループ)