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ヒトiPS細胞由来網膜色素上皮細胞懸濁液の保存に最適な温度は16℃

2019年5月22日

胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)は多種多様な細胞に分化する能力を持ち、創薬や再生医療で非常に大きな役割を果たすことが期待されている。そして各地の施設でiPS細胞を用いて疾患を治療する試みが行われている。そのような治療が実際に日本全国、あるいは全世界の施設で行われるようになった時には、治療に用いる細胞の保存や輸送の技術が必要になってくる。そこで、細胞を効率的に保存・輸送する方法の開発を目指した。

理研BDR網膜再生医療研究開発プロジェクト(髙橋政代プロジェクトリーダー)の北畑将平大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現:横浜市立大学附属市民総合医療センター)と田中佑治客員研究員(研究当時、現:山梨大学特任准教授)らは、ヒトiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の懸濁液を16℃で保存すると細胞の生存率が高く、保存後の再培養における細胞増殖やタンパク質の分泌に影響を与えないことを明らかにした。本成果は科学誌 Scientific Reports に2019年2月27日付で掲載された。

(上)チューブに保存したRPE細胞懸濁液を各温度で保存した時の生存率。(下)各温度で24時間チューブに保存した後の細胞増殖能とVEGFおよびPEDF分泌能。

髙橋らは、2003年から加齢黄斑変性に対するiPS細胞由来網膜色素上皮(iPS-RPE)細胞のシートや懸濁液を用いた移植治療の臨床研究を続けている。細胞による移植治療を行うためには、培養した細胞を培養室から手術室に輸送することが必要である。研究現場では細胞を凍結して保存・輸送することが一般的であるが、治療の現場では融解などの特殊な操作を行わずに、チューブからそのままの状態で細胞を治療に使用できることが望ましい。そこで北畑と田中らは、凍結以外のiPS-RPE細胞懸濁液の適切な保存温度について検討した。まず、冷蔵温度である4℃、室温である25℃、培養温度である37℃と、不死化RPE細胞株による細胞保存の研究で適切であるとされる16℃を用いて、細胞を静置保存した時の生存率について検討を行った。その結果、16℃では120時間経過しても70%以上の細胞が生存していることがわかった。一方、4℃および25℃では、24時間後には70%程度生存しているが、72時間後には生存率は30%程度になった。また、37℃では24時間以内に生存率が20%以下となった。この時、どのような細胞死を起こしているのかを解析すると、4℃や25℃で保存したときには、アポトーシスによる細胞死が多く観察された。一方、37℃で保存したものはアポトーシスに加えて、他の温度で保存したものよりもネクローシスを起こしているものが多かった。接着細胞は、細胞-マトリクス間の接着が失われると「アノイキス」と呼ばれるアポトーシスを起こすことが知られているが、iPS-RPE細胞を浮遊状態で37℃、24時間保存すると死細胞が多く検出され、iPS-RPE細胞でもアノイキスを起こしていることがわかった。一方、保存後の細胞の性質について検討を行うと、どの温度で保存した細胞でも再培養後の細胞増殖やタンパク質分泌、細胞の形態などに変化はなかった。つまり、細胞の保存には16℃が適切であり、それ以外の温度では細胞の生存率が低下することがわかった。

では、なぜ16℃が保存に適しているのだろうか。北畑と田中らはチューブで細胞を保存すると細胞が下部に堆積することに注目し、細胞外環境の影響があるのではないかと考えた。実際、チューブで保存した細胞は低酸素状態を示し、細胞が堆積しないようにチューブを回転させて保存すると低酸素状態を示すことなく生存率が回復した。また、保存温度を下げると代謝が低下し、低酸素状態に陥りにくくなった。しかし、4℃保存時に細胞を浮遊状態で維持すると、微小管構造が破壊されて細胞死が誘導された。以上のことから、16℃では様々な要因による細胞死が抑えられるために、生存率が良好であることが示唆された。

チューブ保存時には細胞が堆積して細胞外環境の酸素濃度が低下する(左)。保存時に回転を加えて酸素濃度を低下しにくくすると、37℃で保存しても生存率が改善する(中)。酸素濃度の低下は保存温度を下げて代謝を抑えると抑制される(右)。

「iPS細胞由来のRPE細胞を保存するときには、細胞懸濁液を16℃で保存すれば5日間までは細胞の形態も機能も正常なままであることがわかりました。接着細胞をマトリクスから剥がした状態でアノイキスを最小限に抑えることが、16℃保存では可能だからだと思います。」と北畑さんは語る。「細胞を適切に保存する技術は、今後細胞治療を普及させていくために非常に重要な技術です。今まで細胞は凍結保存していましたが、16℃保存であれば手術室での扱いが格段に簡単になります。今回はiPS細胞由来RPE細胞で研究をしましたが、この保存条件は様々な細胞に適用できるのではないかと考えています。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)

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