ロゴマーク
研究

研究

BDRでは、様々な分野の研究者が協力して、より高い目標に向かって研究を進めています。

セミナー・シンポジウム

セミナー・イベント

BDRでは、ライフサイエンス分野の国際的な研究者を招いて、年1回のシンポジウムや定期的なセミナーを開催しています。

働く・学ぶ

働く・学ぶ

BDRでは、様々なバックグラウンドを持つ人々を受け入れ、オープンで協力的な研究環境の構築に努めています。

つながる・楽しむ

つながる・楽しむ

BDRでは、様々なメディアや活動を通じて、研究の魅力や意義を社会に発信しています。

ニュース

ニュース

最新の研究、イベント、研究者のインタビューなど、理研BDRの最新情報をお届けします。

BDRについて

BDRについて

理研の強みを生かし学際的なアプローチで生命の根源を探求し、社会の課題に応えます。

ヒトiPS細胞由来網膜が移植後長期生着し、機能する可能性をサルで確認

2019年3月29日

光を感じる時には、目の中で2種類の細胞が働いている。明るいところでものを見るときに使われる錐体細胞と、暗いところでものを見るときに使われる桿体細胞だ。この2種類の細胞をまとめて視細胞というが、網膜色素変性症はこの視細胞が失われていく病気である。遺伝的要因によって桿体細胞が変性・消失し、さらには二次的に錐体細胞も消失していく。しかし、視細胞から光の情報を受け取って脳に伝える網膜内層や視神経などは視細胞が変性した後も生存しているため、iPS細胞などを用いて視細胞を補うことで治療が可能なのではないかと考えられている。

理研BDRの涂宏雅(トゥ ホンヤー)訪問研究員と渡邊健人研修生、万代道子副プロジェクトリーダー(網膜再生医療開発プロジェクト、髙橋政代プロジェクトリーダー)らは、ヒトiPS細胞由来網膜組織を疾患モデル動物に移植すると、機能的に成熟して最大2年の間生着し、これらの移植組織が機能する可能性を示した。本成果は科学誌 EBioMedicine に2018年11月27日付で掲載された。

(左)網膜色素変性疾患モデルラットにiPS細胞由来網膜組織を移植して9ヶ月後には宿主の双極細胞(PKC:白)が、ヒト由来組織(Ku80:緑)や桿体細胞(ロドプシン:赤)と接触(黄色三角)して生着・成熟していた。移植を行った網膜はより暗い光刺激に応答し(右上段)、より明るい光での反応細胞数も多かった(右下段) 。

ES/iPS細胞を用いた網膜組織の移植治療の有効性について、万代らは継続的に検証を続けてきた。永樂元次博士(現 京都大学ウイルス・再生医科学研究所 教授)や笹井芳樹博士(元 理研CDB グループディレクター)らの立体網膜の作成に成功した成果を受けて*1、網膜色素変性疾患モデルマウスに移植したマウスESおよびiPS細胞由来網膜組織が生着・成熟・機能することは2014年*2および2017年*3に報告した。また、ヒトES細胞由来網膜組織が疾患モデルサルに生着・成熟することは2015年*4に、免疫不全疾患モデルマウスで生着・成熟・機能することは2018年*5に報告した。これらの研究により、ES/iPS細胞を用いた網膜組織を移植することで、網膜組織の機能が改善する可能性は示唆されていた。そこで、今回はヒトiPS細胞由来網膜組織がヒトES由来網膜組織と同様に生着・成熟・機能するかどうかについて、網膜組織変性ラットおよびサルという異なる2種類の疾患モデルにおいて検証を行うと共に、サルモデルにおいては視野検査による視機能および長期生着を観察した。

涂らはまず、ヒトiPS細胞由来網膜組織が、網膜色素変性疾患モデルラットに移植したときに、生着・成熟するかどうかを検討した。この疾患モデルラットでは、生後10週までに桿体細胞が喪失すると報告されているため、生後3ヶ月程度でヒトiPS細胞由来網膜組織の移植を行った。9ヶ月後に免疫組織化学的手法によって移植片について確認すると、移植片が視細胞層を形成して生着および成熟していることが確認できた。また、移植を行った網膜組織が光刺激に対して機能的に応答するかどうかを多電極アレイシステムで確認すると、7つのうち5つで移植部位に光応答性を確認できた。移植を行わなかった同じ週齢の変性網膜でも部分的に残存反応が見られることはあり、残存反応や移植による宿主の視細胞に対する保護効果と明瞭な区別はできないものの、移植を行った網膜ではノイズの低い反応を示したり弱い光にも応答したりするなどの反応パターンの違いが見られ、ヒトiPS細胞由来網膜組織の移植部位での有利な効果が示唆された。

次に、渡邊らはサルの視細胞障害モデルにヒトiPS細胞由来網膜組織を移植し、形態学的および機能的に移植の効果があるかどうかを検討した。移植後7ヶ月目には、ヒトiPS細胞由来網膜組織片が視細胞の層を形成し成熟していることが形態学的に確認できた。また、移植したiPS細胞由来網膜組織には細胞間のギャップ結合が形成されていることも確認できた。これは、宿主と移植片に含まれる視細胞同士が、光刺激による信号を伝達し合うことが可能な網膜の情報処理環境を部分的に構成していることを示唆している。また、同一の眼内に2ヶ所の網膜障害を起こし、その片方の部位には移植を行って、1年半後に視野検査を行った。すると、移植を行わなかった障害部位では視野の改善は見られなかったが、移植を行った障害部位中の検査スポット55ヶ所の内、移植部位及び移植部位周辺の11ヶ所でわずかながら視力の改善が認められた。さらに、移植後2年を経て同部位の組織観察を行うと、たくさんの視細胞が良好な状態で生着しており、宿主網膜とシナプスを形成している可能性が示唆された。

網膜組織変性サルにiPS細胞由来網膜組織を移植後1年半後に行った視野検査の結果(左)。ROI1には移植を行った。黄色三角が視野が改善した部分、青三角が改善しなかった部分。また移植2年後まで、視細胞の変性部位にヒト由来組織(STEM121:赤)の視細胞(リカバリン:緑)が生着(右上)、宿主双極細胞(PKC:白)と移植視細胞(緑)が接していた(右下)。

「今回の研究では今後の臨床研究を見据え、臨床研究に一番近い状態で、変性した網膜組織にヒトiPS細胞由来網膜組織を移植すると、2年の生着がみられ、また機能する可能性が確認できました。」と万代副チームリーダーは語る。「モデルラットなどにヒトiPS細胞由来網膜組織を移植した場合にも移植片は良好に生着、成熟しますが、マウスにマウス組織を移植した結果に比べると、動物種の異なる移植では宿主の網膜内層と移植片との間のシナプス形成や光応答が明瞭には出にくいと感じています。ヒトiPS細胞由来網膜組織をヒトに移植した場合にどの程度シナプスが形成できるかどうかは、実際にヒトでみないとわからないのですが、安全性が確認できれば臨床研究に入る準備を進めていきます。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)


関連リンク

掲載された論文

PAGE
TOP