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プラセボ効果で痛みが和らぐのはなぜか

2018年12月10日

「こうだったらいいのにな」と思ったら、本当にそうなったという経験はないだろうか。信じれば成し遂げられる、といった話もある。医療の現場でも、患者が効果のない成分しか入っていない偽薬(プラセボ)を効果があると信じて服用すると、病気の症状が改善することがある。これを「プラセボ鎮痛効果」という。プラセボ鎮痛効果をうまく利用することで、治療を向上させることが可能になるかもしれないと考えられているが、そのメカニズムはわかっていなかった。

理研BDRのYing Zeng(イン・ジェン)リサーチアソシエイト(生体機能動態イメージング研究ユニット、崔翼龍ユニットリーダー)と渡辺恭良チームリーダー(健康・病態科学研究チーム)らは、ラットを用いてプラセボ効果によって鎮痛効果を得るモデルを作製し、非侵襲的な脳機能イメージング法を用いてプラセボ鎮痛効果に関連する脳領域を同定した。本成果は科学誌 NeuroImageに2018年6月5日付で掲載された。

神経性疼痛モデルラットに鎮痛剤を繰り返し投与することで鎮痛の条件付けを行う。
その後、プラセボを投与すると、複数の個体がプラセボ鎮痛効果を示す。

プラセボ鎮痛効果がなぜ起こるのかは脳科学者たちにとっても興味のある問題だ。近年のヒトに対する生体イメージング技術の発展に伴って、プラセボ鎮痛効果と脳機能の関連を調べることができるようになってきた。そして、プラセボ鎮痛効果が起こるときには、前頭前皮質や前帯状回、中脳水道周囲灰白質の一部などで神経活動が亢進することや、オピオイド系やドーパミン系の神経が関わることなどがわかってきている。しかし、ヒトで分子レベルや細胞レベルでの作用機序を解明するには様々な問題があり、偽薬に対する期待感がどのような作用機序でそれらの脳領域を活性化しているのかは、解明することが難しかった。

そこでZengらはまず、ラットでプラセボ鎮痛効果を再現することを試みた。ラットの左側L5およびL6脊髄神経を結紮し、神経性疼痛モデルラットを作製した。このラットは、通常は痛みとして認識できない程度の軽い機械刺激でも、疼痛を感じて左後肢を引っ込める動作を行うようになる。この疼痛ラットにプラセボ鎮痛効果を誘発するために、結紮後7日目から10日目まで4日間連続で鎮痛薬を投与し条件付けを行った。そして結紮後11日目にプラセボとして生理食塩水を投与すると、有意な鎮痛効果が確認できる個体が25匹中9匹、部分的な鎮痛効果が確認できる個体が25匹中8匹いた。したがって、条件付けによってラットでプラセボ効果を再現できる個体があることが示された。

では、プラセボ鎮痛効果にはどのような脳領域の神経活動が関与しているのだろうか。そこでプラセボ投与後に機械刺激を与えているときの脳内の神経活動をPETで撮影し、プラセボ鎮痛効果を示す個体と示さない個体の間で神経活動に差がある脳領域を解析した。その結果、プラセボ鎮痛効果を示すラットでは右側(対側)の前頭前皮質内側部(mPFC)の一部である前頭前皮質(PrL)が活性化されていることが明らかとなった。ラットのmPFCは霊長類の背外側前頭前皮質(dlPFC)に相当すると考えられており、ヒトのプラセボ効果に関する研究からこの部位がプラセボ効果での予測や期待感に関与することが示されている。したがって、ラットにおけるプラセボ鎮痛効果では、mPFCが鎮痛効果の期待に関与していると考えられた。そこで、mPFC、特にPrLの神経活動とプラセボ鎮痛効果との関連を明らかにするために、薬剤投与によってPrLの神経細胞を損傷させ、機能を喪失させた。このPrL破壊/神経性疼痛モデルラットで同様に鎮痛薬の条件付けを行い、プラセボを投与したところ、プラセボ鎮痛効果はほとんど確認できなくなった。さらに、mPFCと機能的に関連のある脳領域を解析したところ、痛みの制御に関与している腹外側中脳水道周囲灰白質(vlPAG)などいくつかの領域で機能的結合の強化が認められた。

ヒトのプラセボ鎮痛効果では、μオピオイド神経系も関与しているという報告がある。そこで、μオピオイド受容体の拮抗阻害剤をプラセボの代わりに投与すると、プラセボ鎮痛効果が阻害された。また、μオピオイド受容体の拮抗阻害剤をPrL特異的に投与した場合にも、プラセボ鎮痛効果は阻害された。プラセボ鎮痛効果を示した個体とμオピオイド受容体阻害個体における脳活動領域の変化を観察すると、プラセボ鎮痛効果を示した個体ではvlPAGなどの疼痛処理領域が活性化していた。また、PrLとの機能的結合は拮抗阻害剤投与によって減弱していた。以上のことから、PrLのμオピオイド受容体と、PrLと機能的に結合するvlPAGの神経活動が、プラセボ鎮痛効果に関与していることが明らかになった。

「今まで行われていたようなヒトを対象とした研究では、プラセボ鎮痛効果の作用機序に迫ることはできていませんでした。今回、ラットの疼痛モデルと条件付けをうまく組み合わせることで、初めてプラセボ鎮痛効果に関与する詳細な神経活動がわかりました。」と崔ユニットリーダーは語る。「願うだけで体調が良くなればと思ったことはありませんか?今回は一つの特殊な例に過ぎないですが、ヒトにはまだまだ知られていない潜在機能があることを意味しています。いつかは本当に願うだけで元気になれる日がくるかもしれません。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)


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