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細胞周期は、後戻りもする
進むか、戻るかの状況判断は可逆的に行われる

2024年10月30日

横断歩道の信号が青になっても、車が来ないことを確認してから渡り始める人も多いだろう。食後にデザートを食べようと思っていたけれど、おなかがいっぱいなので追加注文を断念することもあるかもしれない。わたしたちは、いつも状況を考えながら、進むか、戻るかの判断をしている。細胞もまた、分裂しようとするときに、そのまま分裂するだけでなく、一旦やめてみることもあるらしい。

理研BDRの小長谷有美チームリーダー(定量的細胞運命決定研究チーム)らは、細胞分裂を進めるE2Fという転写因子が一斉に活性化するのではなく、徐々に活性化状態へと遷移することで、G1期からS期への進行を可逆的に制御していることを明らかにした。本成果は科学誌Natureに2024年7月11日付で掲載された。

個体の成長や組織の維持のためには細胞分裂が必須だが、そのタイミングが適切でなければがん化の原因にもなる。分裂する細胞は、細胞周期のうちG1期で細胞増殖シグナルなどを感知して、S期に進行するか、G1期のままとどまっておくかを選択している。この選択はE2Fの活性化によって制御されており、E2Fが活性化するとさらにE2Fを活性化させるポジティブフィードバックがかかることが分かっている。そのため、E2Fはひとたび活性化されるとそのままS期に進行することを決定するためのスイッチのような分子だと考えられてきた。だが、E2Fの活性化がさらにE2Fを活性化するのであれば、このポジティブフィードバックが暴走しないようにどのような歯止めがかかっているのだろうか。

図1. 今回開発したE2Fの活性化を可視化するためのレポーターシステム。E2Fの活性化の度合いを輝度で測ることができる。

小長谷らは、このポジティブフィードバック回路がどのように制御されているのかを明らかにしようと、E2Fの活性を可視化する蛍光レポーターを作製した。このレポーターは、核内のE2Fがターゲットとなる遺伝子の転写調節領域に結合すると、蛍光を発する(図1)。このレポーターを利用して1細胞ごとのE2Fの活性を測定してみると、増殖刺激を与えた後に何時間から何十時間もかけてゆっくりとE2Fが活性化していく細胞や、E2Fが活性化したあとに一旦減弱し、再度活性化する細胞、弱くE2Fが活性化したまま最終的には活性がなくなってしまう細胞などが観察された(図2)。これは、E2Fの活性化がオフからオンへ、オンからオフへの二状態をスイッチのように素早く往復しているのではなく、オンとオフの中間的な状態が存在していて、細胞はその中間的な状態にある時間の間に細胞分裂を進めるか、止めるかを決定していることを示唆している。E2FのポジティブフィードバックはG1期の終わりに機能し、この中間的な状態を脱してS期に進行するための仕組みのようだ。

図2.ESFの活性化の度合いの細胞ごとの違い。十分に活性化してS期に進行する細胞でも、活性化にいたるまでの様式は様々。また、活性化しかけて減弱したり、そのままになったりする細胞もいる。

L. 小長谷チームリーダーは「これまで、E2Fの活性化による細胞周期の進行は、オン-オフのスイッチとしてはたらき、途中ではやめることができないと考えられていました。ですが、人生のモラトリアムのようにE2Fの活性が徐々に強くなったり弱くなったりすることを繰り返す状態が存在することで、細胞周期を本当にS期に進行させるべきかどうかを決める時間を稼いでいるようです。」と説明する。「その時間があることで、DNAに傷を負っている場合など適切なタイミングではないときに細胞分裂が起こってしまうことを防いでいるのだと考えています。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)

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