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光を照射するだけで薬剤耐性菌を識別できる

2018年7月30日

「光」は生体試料を生きたまま観察するためのツールとして、古くから使われてきた。試料に光を照射した時、その一部は試料の中の分子と相互作用して散乱される。この時に散乱した光には、照射した光とは異なる波長の光が検出される。この光をラマン散乱光という。ラマン散乱光は分子の種類や構造によって異なる波長をもつため、生体のように多様な分子種を含む試料では、ラマン散乱のスペクトル(ラマンスペクトル)は多数のピークをもつ。そのため、ラマンスペクトルを解析することで、試料の中の分子の情報を可視化できる。それでは、光を照射するだけで細胞の性質を推定することは出来ないだろうか。

理研BDRのArno Germond(アルノ・ジェルモン)研究員(先端バイオイメージング研究チーム、渡邉朋信チームリーダー)らは、大腸菌にレーザー光を照射したときに得られるラマン散乱光のスペクトルを解析し、薬剤耐性に関連する遺伝子発現とラマンスペクトルに相関があり、ラマン分光法を用いて薬剤耐性大腸菌を同定できることを明らかにした。本成果は科学誌Communications Biologyに2018年7月2日付で掲載された。

図1. 野生株および薬剤耐性株のラマン分光スペクトル(上)をDA-PC解析すると、
薬剤耐性株の識別(左)および薬剤耐性の作用機序の同定(右)が可能。
(それぞれ塗りつぶしがトレーニングデータ、白抜きがテストデータ)

人類は太古の昔から、様々な感染症と戦ってきた。そして、人類は微生物が産生する強力な抗生物質を治療薬として利用してきた。抗生物質はペニシリンをきっかけとして次々に発見され、種々の感染症を激減させた。しかし、新しい抗生物質の開発が進む一方で、抗生物質が効かない薬剤耐性菌の出現も問題になっている。そして臨床現場では、治療や感染予防の戦略を立てるこために、薬剤耐性菌に感染した患者をできる限り早く診断する必要がある。薬剤耐性菌は抗生物質を分解したり排除したりする能力を獲得しており、菌の分子組成は獲得した薬剤耐性ごとに異なっていると考えられる。そこで、Germondらは、ラマン散乱光を用いて薬剤耐性大腸菌を識別出来るのではないかと考えた。

まず、実験室環境下で薬剤耐性を獲得した薬剤耐性大腸菌10株を、ロボットシステムを用いて抗生物質の非存在下で培養した。これらの薬剤耐性大腸菌とその親株について、オプティカルボトム96穴プレートを用いたラマン分光法で測定を行ったところ、11株の平均スペクトルの間には統計的に有意な差があることがわかった。このスペクトルの差を明確にするために、スペクトルデータセットをトレーニングデータセットとテストデータセットに分け、主成分分析と判別分析を組み合わせた解析(DA-PC解析)を行った。その結果、100%の精度でテストデータを識別できることがわかった(図1左)。また、親株と薬剤耐性株との相対的スペクトル差を用いて、獲得した薬剤耐性のメカニズムを反映しているかどうかDA-PC解析を行った。その結果、薬剤耐性の作用機序ごとに、薬剤耐性株を分類できることもわかった(図1右)。この解析には再現性があり、ラマン分光法が遺伝的に非常に近い親株と薬剤耐性株の識別や、薬剤耐性の作用機序の予測に使用できることが示唆された。

図2. 各スペクトルピークと遺伝子の発現量が相関している(左)。 また、遺伝子変異
による発現の変化もピークの強さとして検出できる(右、NMが薬剤耐性株)。

薬剤耐性の獲得は、様々な遺伝子の発現の変化を伴う。そこで、Germondらは薬剤耐性の作用機序に特徴づけられるスペクトルピークを同定し、関連する遺伝子発現とラマンスペクトルとの間に相関があるかどうか解析した。例えば、ストレス耐性機能に重要な膜タンパク質であるelaAおよびelaB遺伝子の発現は、1902cm-1のピークと強い相関があった(図2左)。DNAジャイレースに由来する薬剤耐性に関連することが知られている遺伝子であるgyrAgyrBおよびmipAは、1079cm-1および1101cm-1のピークに相関があった。リボソームタンパク質の合成を標的とする薬剤耐性ではcyoAおよびcyoDの突然変異が知られており、730cm-1のピークがこの変異を同定するのに有効だった(図2右)。また、cyoA遺伝子に突然変異をもつNM株は、cyoDの遺伝子発現が著しく低く、これは730cm-1の著しく高いピークにあらわれていた。つまり、薬剤耐性菌の内部で起こった遺伝子発現の変化が、ラマン分光法によって検出可能であることがわかった。

「今回の研究で、ラマン分光法と機械学習を組み合わせることで、簡便・迅速に薬剤耐性菌を同定できることがわかりました。また、遺伝子発現量を推定するツールとしても使用可能であることが示されました。」と渡邉チームリーダーは語る。「ラマンスペクトルは測定装置や測定条件、試料の培養条件によって大きく揺らぐことが知られています。そのため、今回の手法を病理診断や基礎生物学研究に応用することには高いハードルがありますが、センサー技術の向上や、人工知能を含む機械学習技術の飛躍的な進歩によって可能になりつつあります。」

高橋 涼香(BDR・広報グループ)


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