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壊れた肺は、もう一度つくり直せるのか

前立腺のオルガノイドを作っている宇野さんから紹介してもらったのは、肺の再生の研究をしている桂さん。100年前のパンデミックを引き起こしたインフルエンザウイルスを人工的によみがえらせる――そんな衝撃的な研究との出会いが研究人生の出発点だったという桂さんに、現在に至るまでの軌跡をいろいろネホリハホリ聞いてみました。

かつら ひろあき

桂 廣亮

さん

理化学研究所 生命機能科学研究センター 呼吸器形成研究チーム 上級研究員

東京生まれ東京育ち。早稲田大学卒業後、東京大学医科学研究所へ進学。インフルエンザウイルス研究を通して傷害時の組織再生機構に関心を持ち、デューク大学に。港区白金台という好立地にて大学院生活を過ごしていたため、ノースカロライナの田舎っぷりに絶望しかけるが、7畳1K暮らしから77m2 という広々とした部屋に住めたことで気を取り直す(が、あまりの広さに持て余す)。キャンパス内にPanda Express(有名な中華料理のチェーン店)を発見し歓喜したのも束の間、油の過剰摂取で3日目に体が拒絶反応を起こし、昼飯難民へ。ピザ、マック、謎の寿司のルーティンで悟りを拓くも、一時帰国で生卵載せ牛丼のおいしさに涙を流す。4年半の留学を経て、2020年より理研生命機能科学研究センター 呼吸器形成研究チームに着任。研究員を経て、2024年から現職。 しかし、神戸港島でも昼食難民は解消されず。

小さなウイルスが生物を死に至らしめる不思議に魅せられて

(寒竹▸)桂さんのキャリアの出発点はインフルエンザの研究ですね。なぜ、そこに注目したのでしょうか。

(桂▸)大学院の進学を考えている学部生のとき、ある論文にビビビビっときてしまったのがきっかけです。それは1918~20年に世界中で流行し、多くの人が亡くなったスペイン風邪のインフルエンザウイルスを人工的に再現したという論文でした。この世に存在しないウイルスを、遺伝子情報を元に作り出し、さらにサルで感染実験を行って、なぜこのウイルスがこれほど多くの人を死に至らしめたのかを検証していたのです。

スペイン風邪は1918年から1920年に全世界で流行し、世界人口の約3分の1が感染、一億人以上が死亡したと推定されている

インフルエンザウイルスは誰もが知っていて、誰もが感染しうる存在です。それがいったい体の中でどんな変化を起こし、死につながっていくのか、とても不思議に思いました。また、病気で亡くなっていく人を少しでも減らせるような研究をしたいという想いもあり、研究の興味と重なりました。 それで、論文の責任著者である河岡義裕先生(東京大学)に連絡を取り、大学院から受け入れてもらえないか相談しました。すると、「近々、ラボメンバーの歓迎飲み会があるから、そこにおいで」と言われたんです。

えっ? いきなり飲み会ですか?

はい(笑)。というのも、河岡先生は非常にお忙しい方で、東大だけでなくアメリカでも教授を兼任されています。日本には1ヶ月に1週間ほどしかいらっしゃらず、地球のどこにいるのかわからないような先生でした。その飲み会には河岡先生も出席される予定だったので、ちょうどよかったのです。そこで初めて河岡先生にお会いして、興味ややりたいことを話して、じゃあ院試を受けてみたら?という流れになり、受験して、運良く合格しました。

飲み会の場で、じっくり話せたんですね。

いえ、河岡先生は「明日からカナダだから」と言って、すぐ帰ってしまいました(笑)。でも研究室の人たちがとても良くしてくれて、全員と初対面だったのに楽しくて結局終電まで一緒にいました。

炎症がどう治まっていくのかを知りたい

河岡ラボでは、どのような研究をされたのでしょうか。

主には、インフルエンザワクチンの開発研究に取り組んでいました。また、並行して、感染すると光るウイルスも作製しました。このウイルスを使って肺の中で感染した細胞がどうなっているのかを、さまざまなイメージング技術で調べていました。 特に炎症がどのように治まり、肺がどのように回復していくのかということに強い興味を持つようになりました。

炎症がどのように広がるか、ではなく?

当時は、感染時にどのように炎症が誘導されるのかという研究が非常にホットなテーマでした。 2011年には自然免疫の研究でノーベル賞も出ていますし、その道を極めた先人たちもすでに大勢いました。ですから、今さら自分がそこに参入するのは難しい。では、どこでオリジナリティを出せるだろうと考えたときに、炎症が治まり、組織が治っていく過程は、まだほとんどわかっていませんでした。だから、自分はそこをやりたいと考えたのです。

博士修了後はアメリカのデューク大学に留学していますね。どんな研究を行っていたのでしょうか。

発生生物学者で、呼吸器のオルガノイドを開発した研究者である Brigid L.M. Hogan 博士のラボで、研究を行いました。インフルエンザに感染したあと、肺がどのように回復していくのか、特に感染後に一時的に出てくる炎症性のサイトカインがどう関わっているのかを知りたい、という話をして受け入れてもらいました。

なぜ、発生学のラボを選んだのでしょうか。

組織再生の過程は発生と重なる部分が多く、再生を理解するためには発生を研究する必要があると考えたからです。ただ、これまでの感染症の研究とバックグラウンドがまったく異なっていたため、最初は本当に大変でした。発生のことはほとんどわからず、つらかったですね。みんながやってることがなかなか理解できないし、自分のプロジェクトもすぐに動き出すわけではなくて、とても苦労しました。

Brigidのラボではインフルエンザウイルスを扱っていなかったので、まずはそれができる環境を立ち上げるところから始める必要がありました。ペーパーワークはすべてボスがやってくれて、「ヒロ、あそこに行ってこい」「次はあの建物に行ってこい」と言われて、大学内を回って、別の研究室の先生からウイルスを分けてもらったりしながら、少しずつ環境を整えていきました。

その間に、発生学をはじめとした基礎的な技術も身につけていきました。肺のオルガノイドの培養技術も教えてもらいながら、自分の研究に取り入れていきました。

肺オルガノイドで修復過程の手がかりを得る

肺オルガノイドでインフルエンザウイルスの影響を見たのですか?

肺オルガノイドにウイルスを直接感染させたわけではありませんが、インフルエンザウイルス感染後に一時的に上昇することが知られている11種類のサイトカインという炎症物質を用いて、マウス由来の肺胞オルガノイドを培養しました。その結果、IL-1とTNFαというサイトカインが、肺胞幹細胞(AEC2)の増殖を促進し、肺胞組織の再生に関わっていることを発見しました。 下の図で赤く染まっているのが肺胞オルガノイドです。IL-1やTNFαを入れて培養すると、コントロールと比べてかなり大きなオルガノイドが形成されていることが分かります。

培養している肺胞オルガノイドの赤い塊が、IL-1βやTNFαを入れて培養すると大きくなる

さらに、IL-1受容体を欠損させたマウスでは、このようなAEC2の増殖が起こらないこと、また下流のアダプター分子であるMyd88のない変異マウス由来の細胞を用いて樹立したオルガノイドでは、サイズが著しく小さくなることも明らかにしました。これらの成果をまとめて、『Stem cell reports』誌で発表しました。

炎症物質のIL-1とTNFαが傷ついた肺胞の再生に必要だったということですね。

はい。炎症が起こることが再生を促す上で重要だ、ということは以前から言われていましたが、その分子レベルでの詳しいメカニズムは、あまり分かっていませんでした。この研究によって、肺における炎症反応と組織修復を結びつけることができたのではないかなと考えています。

日本に帰りたくなった理由

4年間のアメリカの研究生活を経て、2020年に帰国していますね。論文を出せてやり切ったという感じですか? それともそろそろ日本が恋しくなったのでしょうか。

両方ですね。アメリカでの生活は楽しいところもありましたが、つらいところもたくさんありました。まず感じたのが、自分の性格的に、ここで戦えるタイプではないなということでした。アメリカでは若くしてPI (主任研究者)になり、どんどん活躍している人がたくさんいます。そういう人たちはセルフプロデュースがとても上手なのです。一方で、僕は自分の能力をうまくアピールすることが得意ではなくて、この国でこの先、ジョブマーケットに出てPIポジションを得るという将来像がイメージができなかったんです。

それと、単身での渡米で心細かったというのもあります。僕はわりと、友達とワイワイ過ごすのが好きなタイプなので、なおさらつらかったですね。そのほかにも、ビザの問題や、理研の森本先生との出会いなど、さまざまなタイミングが重なって、「日本に帰ろう」と決めました。

理研にはやりたいことができる環境がある

次の就職先として理研を選んだ理由は何ですか。

呼吸器の研究については、自分の中ではまだ納得いくところまでできていなかったので、もう少し続けたいという気持ちがありました。そのため、呼吸器を題材に研究できる場所を探していました。 医学部の呼吸器内科に行けば研究はできますが、僕は医師ではありません。理学系の基礎研究として、呼吸器を真正面から扱っているラボは、あまり多くないと思います。そんな中で、森本先生のラボは、まさにその研究をしっかりと行っていました。 森本先生とは、アメリカ滞在中に一度お話しする機会がありました。その後、日本の学会に参加するタイミングで改めてアポイントを取り、話が具体的に進んでいきました。ちょうど「オルガノイドプロジェクト」が走り始める時期で、公募が出るというタイミングだったことも、運がよかったですね。

桂さんは肺オルガノイドの世界最先端のラボで鍛えられていましたしね。

はい。その経験もあって、うまくマッチして採用していただき、2020年から研究員として理研BDRに所属することになりました。

理研BDRに来てみていかがですか?

理研は、「やりたいな」と思ったことが、ほぼそのまま実現できる環境だと感じています。研究をする上で、それは一番重要なことだと思います。これができればプロジェクトが大きく進むかもしれないのに、それを試せない――そうした制約が少なく、まずはやってみられるというのは、現場の研究者にとって本当に素晴らしい環境だと思います。
それから、個人的には神戸の街がとても気に入っています。東京は人が多すぎて、正直なところ、ずっと住むのは難しいと感じました。そのあとにノースカロライナで暮らしたこともあって、ますます人混みが苦手になりました。ノースカロライナは本当に人がいないんです。ダウンタウンですら、人がほとんど歩いていない(笑)。その感覚に慣れてしまったので、神戸の規模感がちょうどいいですね。

壊れた肺胞を治す手掛かりは発生にあり?

現在は、どのような研究に取り組まれているのでしょうか。

肺の病気を、どうやったら治せるのか、ということを研究しています。もともとはインフルエンザウイルスへの興味から肺の研究に入りましたが、肺の病気はインフルエンザだけではありません。まだ十分に理解が進んでいない疾患もたくさんあります。そうした病気にも向き合う必要があると考えるようになり、ウイルス研究から少し軸足を移して、「肺の病気そのもの」を主軸に、研究を展開しています。

僕はこれまで、肺の細胞の中でも、表面を覆う上皮細胞を中心に研究してきました。ただ、肺の病気を考えると、それだけでは不十分だということが、だんだん分かってきました。下の図(左上)はマウスの肺の写真ですが、健康な肺では、このように細かく肺胞が作られて網目状に広がる構造に見えます。ところが、病気になると、この細かい肺胞の構造が壊れてしまいます。図の右上は肺気腫という病気の肺ですが、肺胞が壊れてスカスカになり、細かい袋が失われて、一つの大きな袋のようになってしまっているのが分かると思います。

一方、右下の線維症では、逆に肺胞がぎっしり詰まってしまい、肺がほとんど動かなくなります。どちらの病気でも呼吸が上手くできなくなりますが、それは肺胞の形が大きく変わってしまうことが原因なのです。

肺の様子の写真が4つ。健康な肺、肺気腫や肺線維症の肺、新生児の肺。
左下の「新生児肺」もスカスカですが、これも病気の肺なのでしょうか?

いえ、これは正常な肺です。生まれたばかりの肺は、大人の健康な肺と比べると、かなりスカスカなのです。だからこそ、僕は発生過程に注目しています。このスカスカな状態が、どのようにして密な構造に成熟していくのか、その過程をきちんと明らかにできれば、健常な肺が疾患肺へと変化するメカニズムや、逆に、疾患肺を治すための手がかりが得られるのではないか、と考えました。

正しい形がどのように作られていくのかがわかれば、壊れてしまった段階で、その仕組みを応用して元に戻せるかもしれない、という発想です。究極的なゴールは、壊れた肺胞をどうすれば治せるのか。その答えを、発生の観点から探っていく研究を行っています。

傷ついた肺が治るところを見たい、という動機で始めた研究ですが、ようやく自分が本当にやりたかったところに、かなり近づいてきた実感があります。肺が再生するメカニズムの一端が、少しずつ見えてきました。

そのメカニズムの詳細については、新しい論文が出てからのお楽しみですね。

そうですね(笑)。肺胞の形を保つ上で重要な細胞が見つかった、ということだけはお話しできます。

ありがとうございます。続報、楽しみにしています!
桂さんの似顔絵「肺が再生する過程が少しずつ見えてきました」

編集後記

Editor's Note

100年前のパンデミックの原因ウイルスを復活させる――そんな研究に惹かれた若かりし桂さんの興味が、ウイルスや肺の研究を経て、「肺がどのように治っていくのか」という問いに集約されていく過程がとても印象的でした。何に惹かれたのか、そのときは自分でもはっきりとはわからなくても、気になったならとりあえず飛び込んでみて、いろいろ経験していくことが大事なのかもしれないと思いました。

かんちく いずみ

寒竹 泉美


小説家、サイエンスライター。博士(医学)。九州大学理学部卒業後、京都大学大学院医学研究科に入学。大学院では神経生理学を専攻し、アルツハイマー型認知症の基礎研究を行う。博士課程修了後、『月野さんのギター』(講談社)で小説家デビュー。小説・漫画原作・舞台脚本・講師などを手掛ける傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者取材・理系内容のライティングなども行う。

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