石橋 朋樹
理化学研究所 生命機能科学研究センター フィジカルバイオロジー研究チーム 基礎科学特別研究員
大阪大学理学部生物科学科卒業後、同大学大学院理学研究科生物科学専攻へ進学。京都大学農学研究科昆虫生態学研究室特定研究員を経て、2021年に理研BDR研究員として着任。特別研究員(PD)を経て2023年から現職。遺伝子・分子・細胞・器官・個体・集団と、階層またぐ自己組織化に関心を寄せている。好きなバンドは鈴木実貴子ズ。
抜群のコミュニケーション能力を駆使して研究者の活動を支える木下さんから、めっちゃおもろい研究してる人なんです!と紹介されたのが、今回の石橋朋樹さん。物理の研究室で生物の謎を解いてる人で、難しいことをおもしろく話してくれるよと太鼓判を押されたので、ネホリハホリしてきました。
理化学研究所 生命機能科学研究センター フィジカルバイオロジー研究チーム 基礎科学特別研究員
大阪大学理学部生物科学科卒業後、同大学大学院理学研究科生物科学専攻へ進学。京都大学農学研究科昆虫生態学研究室特定研究員を経て、2021年に理研BDR研究員として着任。特別研究員(PD)を経て2023年から現職。遺伝子・分子・細胞・器官・個体・集団と、階層またぐ自己組織化に関心を寄せている。好きなバンドは鈴木実貴子ズ。
(石橋▸)生物の分子・細胞・器官に見られる左右非対称性に興味があります。
はい。生物がそういった左右非対称な分子でできている以上、細胞も左右非対称であってほしいし、「そういう左右非対称な細胞でつくられているがゆえに」器官も生物の個体の身体も左右非対称であってほしいということを考えています。実際にはまだそこまで確かめられていませんが、分子から個体、そして個体集団や環境へと、連綿と続いていく階層性に興味があって研究しています。
はい。位置だけでなく、心臓の形も左右非対称です。世の中には心臓が右側にあって健康に生きている人も存在します。そういった人の一部は、典型的な心臓形態を鏡に映して反転(鏡像反転)させたような、左右逆転した形の心臓を持っています。そんなふうに形が反転していても機能には問題がない場合がある。形が鏡像反転しても機能するということは、多くの人が持つ典型的な心臓の形が選ばれたのには特に機能的な理由はないということになります。光の速度が決まっていることに機能的な理由がないように、この地球に生まれてしまった以上、こういう形になってしまっている。意味がない。けれど決まっている。そういうところにロマンというか美しさを感じますね。
学部・大学院時代は松野健治教授のもとでショウジョウバエの左右非対称性の研究をしていました。そのときから「左右屋さん」をやっています。松野研はショウジョウバエの遺伝学スクリーニングを大規模にやっているラボで、腸管の左右が乱れてしまう突然変異体が発見されていて、その乱れがなぜ起こるのかを研究しました。ラボとして論文は出せたのですが、その説明が自分的には納得がいかなかった。
腸管の左右の逆転は「細胞キラリティ」の逆転が原因だというものです。キラリティというのは右手と左手みたいに鏡写しで対称だけど、ぴったりと重ね合わせることができない性質のことです。冒頭で話題に出たアミノ酸のL型とD型はキラリティのよく知られた例ですね。細胞キラリティというのは、細胞もキラリティ、つまりねじれや回転といった左右非対称な性質を持っているという概念で、松野研などでは細胞キラリティが器官の左右非対称性を制御していると提唱しています。
アミノ酸のような分子だけでなく、生体内の細胞レベルでもキラリティがある。そこまではいいのですが、腸管の左右の逆転が細胞キラリティの逆転のせいだと説明するのは、問題を先送りしただけです。なぜ細胞キラリティが逆転するのか、もしくは細胞キラリティが逆転せずとも器官スケールでは左右を逆転させられるのかまで調べないと、説明になりません。その引っ掛かりを、もう一度自分で整理し直したいという思いがあって、今も「左右屋さん」を続けているのかもしれません。
違いますね。がらりと変えたかったんです。当時の僕は、分子生物学がつまらなく感じるようになっていました。僕じゃなくてもできるんじゃないかと考えてしまったのです。生態学では、分子生物学やイメージングができる人があまりいないので、他の人とは違うアプローチで生態学を研究しようと、そんなことも考えていました。
松浦研ではシロアリの脳の研究をしていましたが、特に遺伝子が個体を越えて外部に影響し得る現象に、すごく興味がありました。
ものすごく拡大解釈して、物語的に説明すると、僕が何か言葉を発して、それを聞いた相手の心拍数が上がったとします。それはある意味、僕の遺伝子からつくられた形質や特性が、相手に伝わって影響を及ぼしたわけで、場合によっては相手の遺伝子発現にも影響するかもしれない。僕と相手というゲノムセットが異なる生物が、まるで1つの個体内の細胞間の働きのように振る舞う。そこに美しさを感じます。
そうですね。その頃は、リチャード・ドーキンスの『延長された表現型』という本を好んで読んでいました。世界的なベストセラー本『利己的な遺伝子』の著者です。『延長された表現型』では、遺伝子が生物の体の中だけでなく、その生物が周囲に作り出す成果物や行動パターンにまで影響を及ぼすという考え方が紹介されていました。著者はビーバーの作ったダムを延長された表現型の例として挙げています。
引き続き「左右屋さん」をやっていて、現在は細胞の回転を研究しています。
Caco-2という上皮性の細胞で、上から見て必ず時計回りに回転します。回転スピードは1時間に50度くらいです。僕はこの細胞が集団になったときの回転を研究しています。
直感的には、そう思いますよね。でもかみ合わせた2個の歯車を想像してみてください。その歯車が2つとも時計回りに回ろうとしたら、歯車は回らないんですよ。
でも細胞だと集団で回れるんです。1時間に10度ほど回転します。どういうメカニズムで回るのか、そのモデルを今考えているところです。ある程度見えてはきていますが、これ以上言うのは、論文発表してからですね。
めちゃくちゃ嬉しかったですよ。
いえ、普通です。僕の基本的な研究手法は、シンプルです。細胞を撒いて、よく見る。それだけです。特殊なことをしているわけではありません。強いて言えば、定量化することにはこだわりがあります。見たままを記述するというだけでなく、言葉でしか本来言えなかったことを、数に換えたい。と言っても、それも別に大した技術が必要なわけではありません。誰でも見えるものを見るのがかっこいいと思っています。
たぶん、特に機能的な理由はないと思います。僕たちってついつい現象を機能で説明しようとしてしまいますが。光の速度が決まっているのと同じで、 そこに何の意味もない。回る細胞がある。 それは単なる物理制約であって、リンゴが地面に向かって落ちるのと全く同じぐらいの価値観で僕は捉えたいんです。回る細胞があるのなら、そのメカニズムを説明したい。理論だけでなく物理的な実験で証明したいと思っています。
そうなんですよ。 でもそれに類する学術的な言葉がないんですよね。「メカノバイオロジー」とか「生物物理学」という学問分野が比較的近いとは思いますが、そこには収まりたくないという気がしています。
細胞の内外に働く力が、物理的にも生化学的にも細胞や器官にどのような影響を及ぼしているのかを調べる学問分野の名前です。でも、僕がやっていることは、それだけじゃない気がするんですよね。メカノバイオロジーですかと言われたら、そうじゃないと言いたくなる。まあ、僕がちょっと天邪鬼なだけかもしれませんが(笑)
うーん、なぜでしょうね。一言で言えば、高校までの勉強が合わなかったからかもしれません。高校までの勉強には「正解」が用意されているじゃないですか。決められた答えがあるのに、それを解けと言われたり、テストの点数で評価されたりするのがとても苦痛でした。でも大学には正解のない授業も多いですし、研究にはそもそもあらかじめ決められた答えは存在しません。
……などと、こんなふうに整理して話しちゃうと、なんか違うなと思ってしまうんですけどね。整理されることによって失われる情緒がありますよね。
仕方がないことだとわかっているのに、頭の中にあるニュアンスが失われるとなんか違うな、なんて面倒くさいことを言いたくなってしまうのは良くないですね。
最近思うのは、泰然たる学者でありたいなってことですね。
エスプリぶって嫌な感じですよね?(笑)
最近の若者はなっとらんという嘆きがそれこそローマ時代から言われているように、学者の世界でも、最近は専門家と研究者が増えて、大局観をもつ学者が減ってしまったというようなことは昔からよく言われています。そんなこと言うのは上から目線で嫌だなと思いつつも、その一方で、そうだよな、自分は学者になりたいなと思うわけです。
こんな話をすると、お高く留まりやがってと思ってしまうんですけどね。お高く留まるのは本当によくないと思ってるんですよ。研究者って本当は結構な人口がいて警察官より人数としてはずっと多いのに、一般の人からしたらあまり身近な存在ではありませんよね。身近ではないどころか、うっすら嫌われていたりします。そういう現状を変えたいと、考えています。もっと、自分たちの仲間だと思ってもらいたい。
鈴木実貴子ズについてならあと1時間くらい語れますが(笑)つらさと大団円が両立している、そんなバンドです。ぜひ一度、聞いてみてください。
「誰でも見えるものを見る」という石橋さんの研究スタンスは、彼の人生観にも表れているのかもしれません。何気ない話題の中に小さなブラックホールのような言葉が投げ込まれ、これまでの固定観念がバタンとひっくり返される。そんな時間を過ごしました。見えていたのに見ていなかった、と感じることの連続でした。現在の研究内容もとても面白くて、もっと詳しく書きたかったのですが、論文が発表されるまで、しばしお預けです。
小説家、サイエンスライター。博士(医学)。九州大学理学部卒業後、京都大学大学院医学研究科に入学。大学院では神経生理学を専攻し、アルツハイマー型認知症の基礎研究を行う。博士課程修了後、『月野さんのギター』(講談社)で小説家デビュー。小説・漫画原作・舞台脚本・講師などを手掛ける傍ら、理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者取材・理系内容のライティングなども行う。
2025年7月8日 BDRニュース
BDRの研究ネホリハホリ
研究室を支える屋台骨
木下聖子 アシスタント このシリーズ初のアシスタントさんですが、キャリアのほとんどを研究室アシスタントとして過ごした筋金入りだとか。研究室アシスタントという仕事について、ネホリハホリしてきました。
2025年6月13日 BDRニュース
BDRの研究ネホリハホリ
前立腺の発生をオルガノイドで
宇野亘 特別研究員 オルガノイドを使って器官の発生過程を研究している宇野さん。所属研究室のチームリーダーからは腎臓の話をよく聞くので、腎臓の話かなと思っていたら、現在はもっと研究の対象が広がっているようで...
2025年5月9日 BDRニュース
BDRの研究ネホリハホリ
自動化のその先へ
田中信行 上級技師 田中さんには以前「濡れ」を測る装置を見せていただいたことがあるんですが、今回はいきなり微細加工用クリーンルームに案内されました。