池田 琢朗
埼玉県出身。分子生物学の研究室で神経科学の研究を始め、その後視覚と認知の研究へ。2020年から神戸の理研へ。好きな作家はイタロ・カルヴィーノ。
現在、思春期真っ只中である我々の「恋愛ってそもそも何?」「他の動物と人間の恋愛って違うよね。」という他愛ない普段の会話から、「人間の恋愛のメカニズムとはどのようなものなのか」「感情はどこからくるのか」という疑問が生まれました。その質問に答えていただくため、霊長類の認知機能の研究などをしていらっしゃる池田琢朗さんに、研究されている神経科学に興味を持ったきっかけから、最初から持っていた疑問であった人間の恋愛についても聞かせていただきました。話をしていくうちに、まったく考えてもいなかった新たな疑問が次々に浮かんでいき、だれもが一度は聞いたことのあるであろう話が実際に正しいのか、ということやこれからの実験・研究自体の理想的な形、これから研究をすることになるであろう我々にとって研究をするうえで大切なことまで様々なお話を聞かせていただきました。
埼玉県出身。分子生物学の研究室で神経科学の研究を始め、その後視覚と認知の研究へ。2020年から神戸の理研へ。好きな作家はイタロ・カルヴィーノ。
いきなり私の専門とは関係ない話題なので、どこまでちゃんと答えられるかわかりませんが、基本的に多くの人が共通認識として持っているのが、恋愛の源が繁殖行動にあるということではないでしょうか。動物だともっと楽だというのは、例えば花粉飛ばして受精とか、魚が卵を産んでそこに精子をかける、というのは比較的単純でめんどくさくないよね、と言われればそうかもしれませんが、じゃあ長い距離を旅して生まれ故郷の川に戻ってきて産卵をして死んでいく鮭の繁殖行動がめんどくさくないと言っていいものかどうか。さまざまな生物においてさまざまなめんどくささがあるのではないでしょうか。
一方で、高校生の皆さんが、より現実的で興味のあるトピックとしての“恋愛”を考えた時に、恋の駆け引きやなんやかんやがめんどくさくて非効率的だ!と思うのはある意味で当然ですし、それでいいと思います。個体同士、一対一の繁殖行動は、パートナーを自分が占有したいとなったら戦略が必要で、複雑になっていく側面はあるでしょう。個人的にはめんどくささはどんどん加速してきているように思いますが、動物の繁殖行動とはめんどくささの質が違うんですよね。
こうした人間の恋愛に関する疑問に取り組むのであれば、神経科学以外にも様々なアプローチがあるわけです。ドラマや小説などのコンテンツとしての恋愛であれば文学やメディア論的な考え方が有効かもしれません。あるいはパートナーシップの形成のような、繁殖行動としての恋愛から遊離した、文化的な側面については心理学や社会学・文化人類学のような方法論もあるでしょう。
人間の恋愛ってめんどくさいなと思った時に、その「恋愛」は何を指すのか、恋愛のどの側面に興味があるのか、「めんどくさい」とはどういうことか、を考えることが科学としては大事だと思います。
余談ですが、ドラマであれマンガであれ小説であれ、コンテンツとしての恋愛は、エンターテイメントとして成立するためにどうしてもめんどくさいことになりがちなのではないでしょうか?すんなり付き合って特に問題もなく幸せに過ごすカップルも現実にはそれなりにいると思うんですけど、そういうのってコンテンツになりにくいですよね……
効率が個体数を増やすという意味だとすれば、人間は種としては結果的に増えているので成功していると言っても良いでしょう。一方で、現代的な「恋愛」は必ずしも集団の個体数を増やさないので効率が悪いともいえます。これは、恋愛がもはや個体数を増やすためのもの、つまり繁殖行動ではなくなった結果とも考えられますから、そうなるとそもそも効率とはなにか、を再定義して基準を設定する必要があるのではないでしょうか。
あるいは集団の生存戦略としての恋愛の効率を考える場合もなかなか難しくて、一般的な動物の生存戦略は環境への適応として考える事ができるけれど、有史以降の人間は環境自体を変えてしまうので、環境と適応の相互作用として考える必要があって……というような話も専門的に研究している方がいるので私からはこの程度で。
私自身の印象で言えば、恋愛にまつわるいろいろな“めんどくささ”が好きな人もいれば嫌いな人もいて、個々人が自分の意思でどう行動するかを決める自由があるというのが現代社会の一つの理想と言って良いのではないかと思っています。
瞳孔径は自律神経系と関係があることが知られていて、大雑把に言うと興奮・緊張すると瞳孔が開き、リラックスすると瞳孔径が小さくなる傾向があります。そういう意味では、動揺とか焦りは緊張につながるから、瞳孔が開くという傾向はあるかもしれません。だから、瞳孔径を含む目の動きを見る事で、相手の心情を慮ることは十分できると思うし、それを経験的に「目が泳ぐ」と表現することは間違いではないでしょう。とはいえ瞳孔の仕事は眼球に入る光の量の調節なので、それに比べると緊張による瞳孔の変化は必ずしも明瞭ではないですし、あまり短絡的に考えない方が良いとは思います。
ところで、過去を考えるときには左に目が動く、というのは、僕は初耳なのだけど、率直に言ってにわかには信じ難いですね。科学的なエビデンスがあるかどうか疑問です。
ただし、視覚において上下左右が非対称であるということは知られていて、人間は注意を上に向けるよりも下に向けるほうが得意といわれています。一方、樹上生活をしているサルはこれが逆で上に注意を向けるほうが得意と言われています。地上に降りた我々は下に注意を向けたほうが自分にとって得であることが多いからそうなった、という説もあります。
また同じように左右に関しても差があることが知られていて、左から右へという方向のバイアスがあると言われています。これには文化的な要因が寄与していると考えられており、アラビア語やヘブライ語のような右から左へ読み書きする文化圏だと異なることが報告されています。
こうした問題は、生得的な要因と文化的な要因とが混ざっていますし、そうした言説が流布することによって影響を受けてしまうという可能性もあるので、本当かどうか検証するのはなかなか難しいのではないでしょうか。逆に断言するような言説には、一度立ち止まって考えるくらいで良いと思います。
考えているときに上は……確かに今、上を見たね、そういうこともあるかもしれません。他にも、我々は地面のほうが自分に関心のあるものが多くて下に注意を向けてしまうことがあるから、考えていること以外に余計な情報を入れないため、他の気になるものに気を取られないようにするために、下に比べると情報の少ない上に注意を向けているという可能性も考えられるかもしれません。
今までの質問に共通することですが、こうした仮説に対して、科学では「こういう可能性もあるよね」っていう、仮説を否定する可能性も考えます。例えば、さっきの質問なら「アラビア語圏で暮らす人たちなら書字の向きが違うから、注意を向ける方向も違うんじゃない?」のように新たな可能性を検討して、自分の意見と比べて検証するのが科学の基礎だと思います。それを確かめるためにどのようなデータを集めて比較をすればよいのかを考えて実行するのが科学、実験科学の面白いところですね。
霊長類を対象とした実験自体が目的なのではなくて、人間の思考や判断、行動の基盤となるメカニズムを知りたい、というのがそもそもの目的であり研究の動機です。なんで我々はこういうことをしてしまうんだろう、とかそういうことが知りたいと思っている。そのための手段がいろいろある中で、自分にとって何が適切かと考えたときに、それが認知的な行動と神経活動を同時に調べることができる霊長類を用いたシステム神経科学でした。例えば2つの物体のどっちを選びますか、という課題を動物にさせたときに神経細胞レベルで次にどちらを選ぶのかというのに対応する活動をリアルタイムに計測できる。このことを知って体験した時に面白いと思ったし、これならば本来自分が知りたいことに近づけるのではないか、と感じました。霊長類は20世紀後半から神経科学の発展を支えてきた重要な実験動物で、様々な技術が進歩した現在においても、特に高次の認知機能を理解するためには不可欠だと思っています。現在は主にMRIを使った非侵襲的な技術を用いてヒトと霊長類の脳の構造や機能を比較する研究をしています。これによって、これまで多くの研究者が積み上げてきた霊長類の神経科学の成果をヒトの理解に繋げる橋渡しができると考えています。
「超える」という表現がどういう意味かによると思います。個体数や生存圏で考えるなら、ありえるでしょう。音楽や文学といった文化として人間より高度なものを生み出せるのかというと、今の霊長類からは出ないような気がします。原生霊長類は、既にある程度完成している生き物ですから。必ずしも霊長類から人間を超える存在が出ると考えなくてもいいような気はするので、むしろ霊長類以外の、人類とはまったく異なる環境から別種の文化が発展する可能性の方が高そうな気がします。
科学に関してとなると、今の人類にとって科学は必要不可欠なものですが、生物全般でいうとおそらくそこまで重要じゃないので、他の生物よりもむしろAIのような人間の科学技術から生まれたものに新しいものを“考えさせる”方が、可能性はあるような気はします。このあたり、科学的な根拠はまったくない、個人的な想像ですが。
科学の実験の再現性は過去20年くらいでとても問題になっています。それが個体差に依存するものなのか、実験手法や解析方法の問題なのか、あるいは本当に再現できないものなのか、原因は様々であってそれぞれ考える必要があるでしょう。個体差に依存するものであれば、サンプルサイズを大きくすることで集団の代表的な性質を抽出できるでしょうし、また実際の個体差を適切に記述できるようになるでしょう。実験手法や解析方法も日々進歩していますし、コンピュータの機能向上によってより多くのデータを効率的に解析することができるようになっているので、より良い研究のために技術的な改善も考える必要があります。一方で、複雑な思考・心の機微・社会的な正しさ、などの“人間らしい”機能を調べようと思うと、社会的・文化的な要因が影響して、昔の実験結果や他国での結果が再現できないこともあるのではないでしょうか。
その上で、最近はオープンサイエンスという研究のデータなどを全部開示して、研究者のコミュニティや社会で検証していこうというトレンドがあります。膨大なデータが蓄積されていくので簡単ではないのですが、だからこそ皆さんにも解析やデータの扱いを学んで、一緒に考えて欲しいと思っています。
動物実験の是非については、様々な側面から議論がなされています。かわいそうだ、というような感情的な要素も大事なことで無視すべきではありませんが、その上で意味のあることはやっていきましょう、と訴えていく必要があると思います。
例えば、「コロナウイルスのワクチン開発には動物実験が必要です。」という文脈であれば、何万の人の命が救われるのならばそれは仕方ない、と認めてくれやすいでしょう。でも、僕の研究のような、臨床応用に直接関係しない基礎研究が必要なのか、と言われると意見が割れるだろうし、反対する人がいるのもある意味仕方がないことだと思います。ただ、脳の研究、特に霊長類を用いた高次脳機能の研究、というのは、今すぐにではなくとも将来的に認知症やうつ病など、様々な疾患の治療や問題の理解に繋がる、社会的にも意義のあるものだと思っています。そうしたことを議論しながら、動物実験に対する共通認識を作ることが理想的だし、そのための努力を続ける必要があるでしょう。だからこういった、皆さんに僕の話を聞いてもらうという活動も、研究とはこういうことをしているんだよ、こういう価値があるんだよと説明することで、社会の一部の人が面白いと思ってくれて、それは価値がある、と認めてもらえることに繋がる可能性があるわけで、重要なのです。
研究にはお金が必要で、自分のポケットマネーで研究しているわけではない以上、基本的には税金や企業などのお金を使っているわけで、その際にコストに見合うリターンがあるのか、という問いは避けられませんし、社会の意見を聞く必要は当然あります。幸い僕自身は、これまで自分が面白いと思える研究を続けることができているので、お金のために研究しているという意識はありません。ただし一方では自分の研究が社会にとっても意義のあることを説明する必要性は常に感じています。皆さんが少しでも研究を面白いと思ってくれたのなら、多少なりとも社会に還元できたのではないかと思います。
それと同時に、僕は自分の好奇心は、大げさに言えば人類の好奇心の一部でもあると思っているので、新しいことを知ること自体が社会に貢献することだとも思っています。
心身の健康を保つことでしょうか。余裕がないと視野も発想も狭くなりがちですし。あとは、常に疑うこと。科学的方法論の一つの柱は疑うことだと思いますし、自分自身の主張であっても疑う姿勢が必要になります。全てを疑いだすときりがないけど、もっと気軽に疑ってみてもいいんじゃないでしょうか。疑うこと自体は悪いことではないし、「本当かな?」と思うことをためらわないでほしいです。
高校生のうちに勉強するといいと思うものは統計と英語。統計は研究者になるうえでは重要ですし、研究者でなくても統計的なものの考え方はとても重要だと思います。英語については、別に英語でなくてもいいんですが、機械翻訳の技術も進んでいますが言語というのは一対一対応しているものではないので、自分自身で他言語を学ぶことには価値があると思います。科学研究においては英語が基本なので、特にこだわりがなければ英語をおすすめします。
私たちは話を聞く中で、身近なはずの脳や神経についての見識があまりにも浅かったことを痛感できました。そして、まだ見ぬ科学の面白さを再発見できて、理数科の自分たちの未来が楽しみです。まだ定義づけられていないこと、不確かな研究の話も多く、再三研究されてきた科学にまだ追究しがいのある分野があるということに、科学の秘めたるロマンを感じて心躍りました。研究インタビューの中で今後の研究に生かせるヒントや、高校生である今だからこそ学んでおくべきことも教わり、ぜひ皆さんにも共有したい話ばかりで字数制限に悩まされました。貴重な機会をいただけて嬉しく思います。本当にありがとうございました。(このインタビューは2025年3月10日に行われました)
兵庫県立加古川東高等学校理数科1年生(79回生)
青木優奈、太田創一朗、大谷悠輔、仙田遥大、西村梨沙、宮本一輝
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腎臓は作れるのか?人工腎臓の可能性とは?
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藤原裕展(細胞外環境研究チーム チームディレクター) ✕ 神戸龍谷高等学校 2年生
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勉強だけではたどり着けない!?脳科学と哲学
坂口秀哉(理研BDR-大塚製薬連携センター 神経器官創出研究 研究リーダー)✕ 兵庫県立加古川北高等学校 有志