腸内細菌と寿命の新しい関係
2023年4月26日
実はヒトだけではなく、ショウジョウバエにも腸内細菌がいると聞くと、意外に思うだろうか。腸内細菌というと、腸に良さそうなビフィズス菌や乳酸菌などの名前は聞いたことがあるだろう。腸内細菌が何をしているかと聞かれたら、整腸作用やビタミンKの合成などと答える人が多いかもしれない。そんな腸内細菌と寿命に関係があるらしい、というのは近年研究が盛り上がっている分野の一つだ。そして腸内細菌と寿命の間にある新しい関係が明らかになりつつある。腸内細菌がいると寿命が短くなるというのだ。なんでそんな腸内細菌を、ショウジョウバエは進化の過程で腸の中に住まわせることにしたのだろうか。
理研BDRの大沼 太郎 研修生(栄養応答研究チーム、小幡 史明 チームリーダー)らは、キイロショウジョウバエにおいて腸内の酢酸菌の細胞壁由来のペプチドグリカンが老化を促進し、寿命を短くする一方で、ストレスや感染に対する耐性を高めることに一役買っていることを明らかにした。本成果は科学誌 PLOS Genetics に2023年4月18日付で掲載された。
以前の小幡らの研究から、酢酸菌がキイロショウジョウバエの老化を促進し、寿命を縮めていることはわかっていたが、その分子メカニズムは不明のままだったが、それを明らかにする研究は困難だった。キイロショウジョウバエは生涯にわたって無菌状態での飼育方法が確立されておらず、常に意図しない細菌のコンタミネーション(汚染)にさらされているため、腸内細菌叢をコントロールした状態で老化研究を行うことが非常に難しいからだ。そこで大沼らは、キイロショウジョウバエにおいて特定の腸内細菌の影響を検討できる実験系を構築することから始めた。目をつけたのは生きた細菌そのものではなく、細菌の死骸や細菌から放出された代謝産物だ。キイロショウジョウバエの餌の中で目的の細菌を培養した後、抗生物質を添加して、細菌の死骸や細菌から放出された代謝産物が豊富に含まれた「ハエ用発酵餌」を用意した。抗生物質入りの餌を食べさせて腸内の細菌を死滅させたキイロショウジョウバエに、酢酸菌由来のハエ用発酵餌を与えると、生きた酢酸菌を直接投与したキイロショウジョウバエと同様に寿命が短くなったので、酢酸菌がキイロショウジョウバエの寿命を縮めることが再確認できた。
酢酸菌由来のハエ用発酵餌に、寿命を短縮する以外の効果があるかどうか検討してみると、老化したときに見られる腸の幹細胞の過剰な増殖や、運動能力の低下が観察でき、体内で炎症が亢進していた。これらがどのようにハエ用発酵餌によって誘導されているのかについて遺伝学的解析を行うと、ペプチドグリカン認識タンパク質 (PGRP) ファミリー、特にPGRP-LCが関与していることが確認できた。PGRPは細菌の細胞膜などに含まれるペプチドグリカンを特異的に認識している受容体と考えられている。以上のことから、キイロショウジョウバエは酢酸菌のペプチドグリカンを認識して炎症反応を起こし、その結果として老化が促進したり寿命が短縮したりしていることがわかった。
腸内細菌としての酢酸菌の働きに必要なものが酢酸菌由来のハエ用発酵餌に含まれるペプチドグリカンであるならば、生きた酢酸菌でなくても効果があるはずだ。実際、殺菌した酢酸菌や生成した酢酸菌由来のペプチドグリカンを投与することでも酢酸菌由来のハエ用発酵餌と同じ効果がある可能性も見えた。
ではなぜキイロショウジョウバエは、老化を促進したり、寿命を短縮したりする菌を腸内細菌として許容しているのだろうか。解析を進めると、酢酸菌由来のハエ用発酵餌を摂取していると、個体が若いときには細菌感染や酸化ストレスに強くなっていることが観察された。結果として酢酸菌はショウジョウバエを太く短く生きるというライフスタイルに導いていると考えられる。
「一般的に腸内細菌は宿主にとってメリットがあると思われていますが、ショウジョウバエの腸内細菌としての酢酸菌にはいい面と悪い面があることがわかりました。」と小幡チームリーダー。「しかも、腸内細菌としての効果を発揮するだけなら、細菌は死んでいてもいいし、細菌から単離した物質でもいいかもしれない。これは『ポストバイオティクス』という比較的新しい概念に関連します。腸内細菌が発揮するいろいろな効果についての詳細なメカニズムにはまだまだわからないことが多いですが、細胞壁の特異的認識が宿主への効果を及ぼすという報告は相次いでいます。今回開発したハエ用発酵餌を駆使して、今後も研究を続けていきたいと考えています。」
高橋 涼香(BDR・広報グループ)